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[196]乾

2014/12/27(土)21:40

ラフ板に迷惑かけるの本意でないので、あれの続編はココに貼ります。
たまったお返事は休暇中に書ければいいなあ…などと思いつつ(；´Д｀)

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（うぐうっ…！）
　玲が水を吸い込むのと同時に、優の胸に痛みが走る。最悪だ。着陸カプセルの外側、水深30メートルの海中で玲を案じている彼の、一番怖れていた事態。カプセル内の水位は玲の頭上を遙かに超え、けれど、満水には至っておらず外部との水圧差でハッチは開かない。玲の息は持ちこたえることが出来ず、優のすぐそばでありながら手の届かない場所で溺れかけている。
　僕の痛みじゃない、玲の苦痛がダイレクトに伝わってきてるんだ。理性はそう判断しても、思考のみならず感覚まで共感したままの精神が肉体に影響を及ぼす。
（かはっ）
　優は咳き込み、血の混じった水を吐き出した。胸が燃えるように熱く、痛い。人間が溺れる苦しみはこれほどなのか、水に棲む種族の彼は考えたこともなかった。長く地上に居過ぎて呼吸困難に陥ったことは何度もあるし、水中から空気中へ呼吸を切り替えるときは呼吸器を灼かれるような痛みがあるけれど、玲の苦痛はその比ではない。ハッチの外壁をカリカリと引っ掻き、胸に海水を吸い込んでも楽にはならない。――と、突然にその痛みが消えた。
（玲……？）
　彼女が意識を失ったから、そう気付いて血が凍る。呼吸停止、そして心臓までもが止まってしまえば蘇生の確率は急速に低下する。ジリジリと、何時間にも感じられる数十秒。カプセルから細く立ちのぼる気泡の柱がついに止まった。それは海水の流入が止まった、つまりはカプセル内が水で満ちたことを意味する。
（玲――！）
　先ほどまでびくともしなかったハッチがようやく開く。エアタンクを抱え、すばやく身をひるがえしてハッチをくぐる。カプセルの底、シートにハーネスで固定されたままの玲。まぶたを閉じた顔に血の気はなく、割れたバイザーは跳ね上げられて居て、前髪がゆらゆらと海藻めいて揺れる。かすかな鼓動を優の耳が捉え、彼は迷いなく自分の唇を噛み切ると、流れる血をそのままに玲に口づけた。人魚の血が混じった海水が玲の喉を下るに連れて、何度か不規則に脈打った鼓動が力強さを取り戻す。優はレギュレーターをくわえ、大きくエアを吸い込んだ。

（……ん）
　あたし、息をしてる。エアタンクの乾いた冷たい空気じゃなく、暖かくて湿り気を帯びた空気が肺を満たすのを感じる。あったかい。胸いっぱいの冷たい海水が空気に駆逐されて、胸に身体に熱が戻る。舌には鉄の味。あれ、着水の衝撃で口の中を切ったんだっけ。記憶が混乱して、以前にもこんなことがあったと、既視感と見当識の喪失が同時に起こる。今はいつ、ここは何処？　初めて優に口づけされた水の中、高校生の頃、プールで溺れかけたあのときと同じ……
　ごぽっ。
　事態を把握すると同時に、合わせた唇の隙間から気泡がわき上がった。目を開けるとそこには瑠璃色の、柔らかな光をたたえた眸がある。
（ちょ、優、なんで）
　手渡されたレギュレーターをくわえ、深く息を吸い込んだ玲を抱きしめて、優は今にも泣きそうな顔をする。本当に泣いているのかも知れないけど、流す涙は海水に溶けてしまう。あたしもそうなのかも、自分が泣いているのか笑っているのか、玲自身にも分からない。
（おかえり、玲。君が無鉄砲なのは知ってるけど、あんまり心配かけないでよ）
（だって優、いつだって助けにきてくれるでしょ）
　思い切り深く息を吸い込んで、レギュレーターを外した玲は、もう一度、優にキスをした。

（おしまい。おまえらもう好きなだけ爆発しろｗ）

＊2014年12月（書きおろし）

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