【怪奇譚】F續・吸血鬼ー前編ー





黒服団が出会う奇妙な事件や、伝承にまつわる事件。
ルリカ

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 とある日の深夜/ルブル郊外/ワンの自宅/地下室


 ワンは自宅の地下室で、黒いハコに魔力を込めつづけながら、思考を巡らせる。

(私は眷属として戦いを生き残り……そうして吸血鬼になったはず)

 ワンは焦点の定まらない目で、黒いハコを見続ける。

(身分を捨ててまで力を手にしたはずなのに……)

 ワンの頭の中を投影するように、ハコにいくら魔力を込めようが、ハコは形を安定してはくれない。

(あの連中を倒せば答えが出るのかしら……私と戦った二人……私にトドメをさした金髪のガキ……)

 ワンはあの夜の激戦を思い出すが、その三人よりも強烈な印象をワンに与えた人物がいつも思考を邪魔する。
 同じく眷属であったローランとグラを圧倒し、おそらくシーズを倒したであろう白髪の女性の名。

『……妾は断。加賀美 断という』

(断……あの女を裂けば何かわかるのかしら)

 ワンの歪みに呼応するように、ハコは波打った刀身をもつ、黒いフランベルジュへと姿を変える。

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 夕刻/ルブル市内/暁甘味処


「相席失礼するわね」

 何処かで聞き覚えのある声に、断は顔を上げると、目の前にはあの夜、アリスによって屠られたと認識していたワンが立っていた。

「......やはり生きておったかえ」

 彼女はゆっくりと座りながら、断に微笑んだものの、その微笑みの奥に冷酷な表情が隠れていた。
 空気が張り詰め、周りの人々はそのテーブルから無意識に距離をとり、静かに会計へと向かっていった。

「うふふ♪ もう少し驚いたり、気の利いたセリフはないのかしら?」

「驚くようなタイプに見えるかえ? それとも『髪型変えたの?そっちの方が似合っとるな』とでも言えばよいのか?」

「うふふ♪ 少しからかっただけよ。店員さん、この女と同じ料理を……量は控え目にお願いね」

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 ワンはテーブルに漆黒のハコを置くと、断は其れを見つめながら、背もたれへと背中を預ける。

「アルフを襲ったのもお主であったか」

「あのレヴ二家の飼い犬はアルフっていうのね」

 断は大きなため息をつくと、脚を組み、ワンを睨みつけるように目を細める。

「して、何用じゃ? 大方の予想はつくがの……もう少しで飯がくるであろう。お主の分もの……」

「いいわよ。それぐらいは待ってあげるわ」

 ワンはハコを懐にしまい込み、料理が来るのを断とは目も合わさずに待ち続ける。

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夜/ルブル郊外/ワンの自宅/地下室


「ほう、よい家に住んでおるではないか」

 断はワンに誘われ、彼女の屋敷へと足を踏み入れた。彼女の真の意図や思考は未だに不透明で、闇の中に隠れたままだ。

 彼女は、まるで断の言葉を聞かず、螺旋階段を降りていく。しかし、断は少しの会話を続け、彼女の考えをつかもうと努力していた。
 断にしてもワンにしても、既にこの会話すらも戦いの一部だと認識しているのだろう。

「……ねぇ、私を討ち取りに来たおチビさんとエルフは何て名前かしら?」

「……エルフの方がアキュラ、チビがルリカじゃ。黒服の戦闘員と団長じゃ」

「アキュラにルリカね」

 螺旋階段を降り、ランタンの薄明かりが照らす広い地下室に降りると、彼女は不気味に笑い始める。

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夜間/ルブル郊外/ワンの自宅/地下室


「気がふれた……という訳ではないようじゃの」

 ワンは断の態度に疑念を抱きながら、彼女から急いで距離を取った。しかし、彼女はゆっくりと振り返り、口を開いて言葉を続けた。

「あはは♪ 面白くてね……貴方が弱いのがね」

「ほう、妾が弱いと?」

 断は仲間内の黒服団はおろか、冒険者ギルドや貴族たちの間でも名を馳せる強者。弱いと言われることなど、記憶にほとんど残っていないほどだ。興味津々で、彼女の言葉に耳を傾けた。

「言い方が悪かったわね。あなたに隙間が見えた、それだけのことよ」

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 薄暗い地下室で静かに語り始めるワン。
 彼女の目には冷酷な輝きが宿り、その声は氷のように冷たかった。

「九生の猫も好奇心で滅びるのよ。まあ、貴方は猫ほど可愛らしくはないけれど」

 ワンは不機嫌そうな微笑みを浮かべながら、漆黒のハコを取り出し、魔力を込め、それをフランベルジュへと変えた。

「アキュラとルリカだったかしら? あの二人が相手なら私はもう死んでるわ。食事処で刺されるのか。それとも、そこの階段で蹴落とされるのか」

 断は低く腰を落とし、刀を抜きながら、彼女の言葉をじっと耳に焼き付けた。

(……確かに、あの二人ならやりかねんな)

「貴方は警戒心や猜疑心より好奇心が強いのね」

 彼女が足元に魔力を注ぐと、地面から隠された無数の魔法陣が一斉に活性化する。

「魔法使いとの戦いにおいて、それが最悪の性格だということ、貴方に教えてあげましょう」

 ワンのフランベルジュは冷徹に光り、魔法陣の力が彼女の周りに漂い始めた。

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 薄暗い地下室での戦い、魔法陣が起動し光り輝く。断は瞬時にその仕掛けを見抜き、魔法陣から湧き出る火柱を巧みにかわしていった。

(この場所が一種の魔力の増幅器となっておるとすれば……成程、興味本位で飛び込んで良い場所ではないの)

 断は火柱の隙間からワンを睨みつけると、彼女は挑発するように火柱から逃げ回る断を嘲笑する。

(向こうから斬りかかってくれればカウンターで討って取れるが……期待は出来んの……おっと)

 断は火柱をかろうじて避け、その挑発に一切応じずに冷静に立ち向かう。

(こちらに戦い方を選ぶことすらさせてくれんか……)

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 このまま長期戦に入れば、圧倒的不利だと悟った断は、居合の構えを解き、ワンに斬りかかろうと試みるが、ワンはそれすら許しはしなかった。

 断が少しでも接近しようとすると、地面だけでなく壁や天井にも設置された魔法陣から火柱が勢いよく噴き出し、断を焼き尽くそうとする。

(ちぃっ、少しの負傷はやむなしかえ)

 再び、断がワンに向かって斬りかかる。ワンも同じく火柱を巧妙に展開するが、断は火だるまになることを覚悟で、火柱の中へと飛び込み、身を焼かれながらも、何とかワンの元へと到達する。

「うふふ、ようこそ。歓迎するわ」

 ワンは身を焼かれながらも、自らの眼前に立ち塞がる断へ冷酷な笑みを浮かべる。

「そして、さようなら」

 ゆっくりと漆黒を纏うフランベルジュを振りあげると、断へと向かって振り下ろす。

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 ワンの太刀が断に迫る中、居合の余裕を持たなかったが、断は驚異的な反射神経を発揮し、脇差を振り、フランベルジュの一撃を弾き飛ばす。

「はぁはぁ……っぅ!?」

 しかし、フランベルジュの圧倒的な重さと吸血鬼の力が、断の体に痺れを残した。
 ワンはその隙を見逃さず、即座にフランベルジュの柄頭を断の顔面に叩きつけた。

「あらあら、たった一撃で倒れ込むなんて、脆弱ね」

「くぅっ…………うぐっ!!」

 脇差を転がし、断は仰向けに倒れた。ワンはフランベルジュを脇に捨て、地面に転がる脇差を手に取り、そぞろ興味津々でその刃物を観察した。そして、邪悪な笑みを浮かべ、断の顔を踏みつける。

「よくこんな薄っぺらい武器で器用に戦うわね」

 ワンは断の臍目を狙い、脇差を突き立てた。

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「あらあら、まだ意識があるのね」

 腹部に深々と突き刺さった脇差の柄を握りしめ、断は不屈の精神で立ち上がった。ワンは彼女の苦痛を楽しむ顔を見せ、吸血鬼の性として抑え込めない、血の匂いへの興奮を感じていた。

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 断は、ゆっくりとワンへと……そして、その後ろにある出口へと繋がる螺旋階段へ不安定な足取りで進んでいった。

「この後に及んで、まだ逃げるつもりなの?でも、それは無駄よ…...」

 ワンが言葉を終える前に、ワンは断に襲いかかり、首元を狙って牙を剥こうとするが……

 断は、自身の身体を鞘に見立て、腹部から脇差を引き抜き、居合を決行したのだ。
 実際のところ、直撃を受けてもワンへのダメージは皆無に等しだろう。ワンはその狂気じみた攻撃に驚き、慌ててガードを固め、横っ飛びで攻撃を回避しました。

 断は最後の力を振り絞り、螺旋階段へと駆け込み、その場から逃げ去った。

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「逃げられた……わね」

 ワンはしばらく棒立ちで断の逃走を許してしまった自分の愚かさを悔いていた。

「臍じゃなくて、首を狙っておくべきだったわね」

 ワンは断の血が少しついたフランベルジュの柄頭を舐めると、断の血の芳醇な香りと力をしばし堪能すると、逃げ去った断が残した血痕を眺める。

「逃げれたと思っているなら、あの雌豚は愚かね」

 ワンは血痕を踏みつけると、その表情に悪辣な笑みを浮かべる。

「逃がさない」

 その決意と共に、ワンは再び断を追う決心を固めた。

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 同日夜/ルブル市内/商業地区


(うん?人が集まってるね)

 夜の街を歩いていたアリシアは、人が群れ集まっている場所を見つけると、興味津々に駆け寄っていくが、その中心の異質な光景に思わずゾッとする。

「なっ!? 断!? ちょっとどいてくれ!!」

 腹部から大量の血を流し弱々しく歩く断へ、群衆を掻き分け急いで駆け寄ると、心配そうに声をかける。

「大丈夫かい!? 一体何があったんだい!?」

「アリシアかえ……ちょうどいい所に……」

 アリシアは断の脆弱な姿に肩を寄せ、彼女を支えながら止血のための治癒魔法をかけ始めると、不穏な空気や不気味な気配が漂い始める。

「うふふ、見つけた」

 その不気味な笑い声と共に、暗闇の中からワンが姿を現す。

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(あれは確か……レヴ二家の……あの男の飼い主ね)

 ワンは断を逃がすまいと、アリシアを足止めするため、漆黒のハコを見せつける。

「貴方の忠実な犬......アルフだったかしら?血塗れで転がる姿は滑稽だったわよ」

 悪辣な笑みを浮かべ、アリシアを挑発すると、彼女は怒りの表情を浮かべ、無意識に断を地面に落としてしまう。

「貴様か……貴様がっ!!」

 アリシアは憎悪に燃える眼差しで拳を握りしめ、一直線にワンへと向かっていく。

「馬鹿ね……」

 小さく呟くと、ハコをフランベルジェの形に戻そうとする。
 しかし、ワンは自身の腕に絡まる無数の魔力の糸に気づき、驚きの表情を浮かべた。

(腕が......上がらない......?)

 次の瞬間、アリシアの怒りに満ちた拳がワンの顔面を容赦なく捉えた。

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「済まない。私ではあの一発が限界だ」

 アリシアはワンに放った余韻を拳に残しながら、断を背負うと、脱兎のごとく人混みへと引き下がっていく。

「......十分で......あろう......」

 断の意識が断続的ながら繋がっていることを感じ、アリシアは息を切らしながらも、声を張り上げる。

「気を失う前に教えてくれ!! はぁはぁ……何処に向かえばいい!?」

「後は......仲間に託す故......SALONド・レインへ......」

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断が担ぎ込まれて一時間後/黒服団詰所内/玄関ホール


「グローザ嬢、ドライゼ君、準備は出来たかい?」

 負傷した断がアリシアによって担ぎ込まれたと知らせを受け、緊急会議が執り行われようとしていたが、それを機を制したのはガリルであった。

「ドライゼ君は警らに行く前でちょうどよいタイミングだ。準備は出来ているね?」

 ガリルは準備の終わったドライゼの頭に止まると、二人に装備の再確認をさせる。
 二人は頷くと、詰所の扉を開け、近道となる獣道を迷わず下山ルートに選び、獣道へと急ぎならが、気になっていた質問をガリルにぶつける。

「他のやつはどこ行ったんだよ?」

「残りのメンバーは館の警らにあたってもらっているよ。我々はそれが本職だ。例え断嬢が負傷しようともね」


 〜〜續・吸血鬼ー後編−に続く〜〜

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