ド・レイン小説『召喚術士大戦 』





ド・レイン小説第四弾は、第二部の少し先のお話しです。

強力な魔物を召喚する召喚術士達を競い合わす大会が大陸規模で行われる事に!

そしてその大会の裏には魔族戦争の再来を予感させる陰謀の匂いが…

とりあえず気楽にお読みください〜

召喚術士K

書く|||n|emoji[search]|古順
前n|更新|次n
残960件カキコミ可 1/2n
累計492hit
今日1/昨日1
[11]召喚術士K


J北の巨人兵

北の大国− 聖王国パルナがある大陸の北東方面全域を占めるこの国は、冬には国土の殆どを雪と氷に覆われる。その過酷な気候風土にも関わらず様々な民族がこの地を愛し、日々の営みを続けているのは何故か。その理由の一つに、神有地の存在があるだろう。
 古の巨人兵、ここには神の先兵として活躍した一族が住む神有地がある。人々は神の時代を生きた巨人一族と友好を結び、彼らと共にこの地で生きる事に誇りを持っているのだ。

 ドガッッッ! 神有地内、鍛錬場に一人の若き巨人兵がいた。この一族と同じく神の時代から生きる巨大な大樹に神気を纏った拳で風穴を開ける。
「流石だな。大樹の修験法、もう七つめか?」
 巨人兵に声をかけたのは術士であるが、それにしては体格が良い。まるで巨漢の武闘家である。
「ゾルゲイか?なんの用だ?例のくだらん大会の事だったら」ひゅうぅぅっと呼吸を整えながら巨人兵は続けた。「俺は出ん!ふざけるのも大概にしろ」
「わかっているよ。私も大変遺憾だ。我らは祖国を守るためにのみ存在しているのだからな」ゾルゲイと呼ばれた術士は若き巨人に頷いて応えた。
「それでもお前が来たと言うことは、何か事態が変わったのか?」吸水性に優れた素材で作られた巨大な布で汗を拭いながら巨人はゾルゲイに鋭い視線を向けた。
「一つは大会参加が協議会で確定した事だ」
「馬鹿な!」大声、それを予測していたゾルゲイは早いタイミングで耳を守った。巨人の大声を間近で聞いたら下手すれば鼓膜がやられる。
「何かがおかしいというのには私も同意だ」
 協議会とは国家意思を確定する議会のようなものだ。これには巨人族の長老達も参加している。神有地を守るため、共存する人間族を守るため以外には対外的な戦闘行為をしないのが巨人族の基本姿勢である。なのに協議会は闘技大会の意味合いの強い召喚術士技量競技大会への参加を決定したのだ。
「外交的に我らが祖国の強さを示さなければならないというのが基本方針だそうだ。魔族戦争以来、各国が召喚・契約術による軍事強化を行っているからな」
「ふん。魔族戦争に災厄戦か」
「そうだ。魔族戦争で遅れを取った事、そして災厄戦の戦果について協議会は問題視していたからな。今回の大会で汚名をそそぎたいらしい」
 魔族戦争勃発当初、北の大国は巨人族の力の要である神気を封じられた事で劣勢を強いられた。天妖の魔王を撃退した聖王国パルナの援助によって辛くも勝利した北の大陸は反省をふまえて軍備を強化していった。
 ところが三十年余年後に勃発した災厄戦において、パルナへ送った援軍が魔界において目立った戦果を上げられなかったのだ。
「魔族戦争については爺様達の失態だ。敵は俺達を研究していたのに、こっちは神の先兵であった歴史に胡座をかいていたのだからな。だが災厄戦は…」
「ああ、私達も学ぶ事が多かったな。サイアよ」
 召喚術士ゾルゲイと若き巨人族のザ・サイアは災厄戦に参加していたのだった。初めての遠征、そして魔界での戦いは北の大国の次代を担う二人に多くの試練を与えた。
「…うまいな。ゾルゲイ。今回の大会も学ぶ事が多いから出てみないかと言うのだな?」
 苦労を共にした戦友を恨みがましい目で見つめるサイア。
「そんな目で見るなよ。どうせ出なくてはならないなら、その価値がわかるメンバーで挑みたいのだ。私はな」肩をすくめてみせる巨漢の召喚術士は、今度は思い出したように笑うと誘いの文句を一つ付け加えた。
「そうそう、二つ目の変わった事態…だがな。諜報部の得た最新の情報によるとだ。召喚術士Kも出てくるらしいのだ」
バンッ!! ゾルゲイの持ち込んだ情報を聞くや手を叩くサイア。その音で大樹の葉が何枚か散っていく。
「なんでそれを先に言わん!そうか…あいつが出るのか」
 先程までのつまらなそうな仏頂面から一転、広角を上げて壮大な笑みを浮かべるサイアは膝をついてゾルゲイに顔を寄せる。
「ゾルゲイよ。お前の事だ。もうメンバーの選出は済んでいるのだろう?楽しめそうか?」
「ああ、災厄戦でも活躍した者達から厳選している。祖国を愛する気持ちと日々の鍛錬を忘れない奴らだ」
「そうか、なら良い。俺もエントリーしよう」
 そう言って立ち上がったサイアは再び大樹へと向き直る。
「了解した。協議会へは私から伝えておく。…無理はするなよ」既に心を大会へ向けた戦友の背中にゾルゲイは話しかけながら、大会へ向けて更なる強さを求める若き巨人の気迫を感じていた。
「K… あの時の約束を果たす時が来たようだな!楽しみにしていろよ」
 キンッ− 収束された神気を拳に纏う。大樹を貫く音が変わった。北の猛者達が大会へ向けて牙を剥く。その熱さで凍土を溶かすように。

[削除|編集|コピー]
[12]召喚術士K


K東の双龍姫

東の大国− 聖王国パルナにある東の銀竜公領より隣接する国であるが、国境には天まで届くような山脈群があるため、国交は唯一の平野部である南東方面だけである。北には北の大国と隣接するも、ここも山脈群に囲まれているため古代より隣接国との戦争は避けられている。
 その代わりに多かったのが、国内における勢力紛争だった。多数の小国家群による権力争いもあったが、これらがまとまった大国家同士の争いは最早紛争のレベルではなく、諸外国から見たら国家間の戦争と相違ない規模の破壊が繰り広げられていたのである。
 そしてこの国にも神有地があった。天まで連なる山脈に住むのは神竜族の末裔達である。他にも諸外国には見られない神獣や聖獣が多く住んでいる東の大国では、どの大国家が覇権を持とうとも、変わらずに神獣達を敬い、交流を持ち続けて来た。

「ねぇ、ワタシは嫌と言ったわよ。ね、イリィ?」
「ええ、わたしも言ったわ。ね、ファユ?」
 東の大国、国防局の中に軍隊に似つかわしくない煌びやかな部屋があった。そこで不満そうに駄々をこねているのは、おそろいのワンピースを着た同じ顔の不思議な少女達である。
 爬虫類様の尻尾、そして鹿のような角を持った…という形容表現では機嫌を損ねてしまうだろう。二人は誇り高き神竜族であり、今は人間態に擬態しているだけなのだから。
「困らせないで下さいよ〜 ファユ様、イリィ様。大会参加は国家大会で決まった事ですし、神竜族の長からもお二人の事を頼まれているんですから〜」
 大きなソファでバフンバフンと跳ねている神竜族の少女に敬語で接するのは、赤い角を持つ気弱そうな青年である。
「ギンが出れば良いよ。ね、だってギンは強いじゃない?イリィもそう思うでしょ?」
「ええ、ギンは強いとわたしも思うよ。ファユもそう思ったのね?」
「そりゃあ僕も出ますけど〜 カロン師父からの伝令なのですから、これは聞いて頂けないと〜」
 ギンと呼ばれた青年は炎駆族である。紅の麒麟、炎を纏う彼らの一族もまた東の大国の大切な神族の末裔なのだ。
ギィ− 扉が静かに開くと術士風の男が入ってきた。
「「あ!カロンだ!」」
 ファユとイリィは同時に発声すると、カロンと呼んだ術士に突貫していった。
 バタン!ゴロゴロゴロ〜 倒された勢いで床を転がる術士と少女。
「こらこら、全く君達はお転婆でいけないな」
 窘めていながら、術士は笑顔のままである。
「だってー カロンがあまり遊んでくれないからー ねぇイリィ?」
「そうそうー カロンがあまり遊んでくれないからよね。ねぇファユ?」
「普段はそれでも良いけどね。お仕事の時は師父と呼びなさい」そう言いながら二人を立たせて、服を整えて、席に着かせるカロン。
「「はーい、師父カロン」」
 いったん抱きついた事で安心したのか素直に良い姿勢で返事をする二人であった。
「ギンもご苦労だったね」
「いえ、お二人のお世話も僕の仕事の一つですから」
 カロンの労いに笑顔で応える青年は、スッと少女達の後ろに控えるのも忘れていない。
「さて、今回のお仕事ですが…」
「カロン師父!ワタシは変な大会なんて出るの嫌です!ね、イリィ?」
「師父カロン!わたしも変な大会なんて出たくないです!ね、ファユ?」
 少しだけ言いようが真面目であるが、根本的に拒否の姿勢は変わらないようだ。
「そうか、それは困ったな。勿論、君達の代わりを長に相談しても良いのだが…」
「そうそう!長に相談するのが良いよ!ね、イリィ?」
「そうそう!長に相談するのが良いよ!ね、ファユ?」
 笑顔で代理を立てるように促す少女達に、カロンはクルッと背を向けると、
「わかった。長に相談する事にしよう。とても残念だ。君達が喜ぶと思ったんだがなぁ…」
「「??」」思いがけない言葉に戸惑う二人。
「いやね、今大会に召喚術士K殿が参加するらしいと報告があったのだよ。君達は会いたがっていただろう?」
 わざとらしいガッカリ顔で情報を小出しにするのはファユとイリィの思考を読み切っているからだろう。
「え!Kが出るの?」
「うそ!聞いてない!」
 二人の口調がズレた。その動揺をさらに揺さぶるようにカロンは話を続ける。
「ああ、最新情報だ。今までのは大会の要項だけだったからね。いやあ残念だ。君達が強く!可愛く!成長した姿をK殿に見せる事が出来たのになぁ〜」
「うう、カロンずるいー」
「そうだよー、ずるいー」
「あ、これは言わない方が良いかな」わざとらしく動作を止めるカロン。
「「????」」戸惑いパートU
「いや…言わない方が良いなぁ…」二人をチラ見して、逃げるような素振りを見せる。わざと。すると…
ガシッ ガシッ− 反射的にカロンを捕らえた二人は我慢できずに問う事になる。
「なにを隠してるの?カロン」
「話さないと何するか分からないよ?ワタシ達」
 Kに関する情報の何かだと察した二人は、凄まじい目力でカロンを射貫いた。
「わ、わかった。言うよ。だから離しておくれ」
 観念したカロンを先程のソファに座らせて、ファユとイリィはその前に立って見下ろす。カロンを逃がさないためだ。
「実はね。会場の警備をパルナの四大公がする事になったようなんだ」
「「!!!」」二人の目が大きく見開いた。
「当然、銀竜公も来るんだよ。となると?」二人の興味を引き出すように情報を小出しにしていくカロン。
「まさか… あの女も来るの?」
「最悪な女… あいつが来るの?」
 二人の容姿に変化が生じていく。髪が逆立ち、伸びた尻尾がビシッと床を叩く。
「まだ報告はない。だがね、K殿が参加する情報は銀竜公にも入っている。当然、同盟を結んでいる魔龍郷の姫達にも情報が伝わると私は思うのだが。君達はどう…思うかね?」
 目を光らせて自分を見下ろす少女達に挑戦的な問いをする術士は、その回答も想定済みであろう。
「…来るね。あいつ…」
「ええ、来るわ…」
 翼も隠しきれない程の感情を表した二人は考えをまとめたようだ。
「さて、どうする?長に頼んで他の神竜族をお借りした方が良いかい?それとも?」
 ファイナルアンサー。もっとも答えは確定している。
「出るわ。カロン師父。あの女に目に物をみせてやる!ねぇイリィ?」
「出るわ。師父カロン。あの女にも今の私達をみせなくてはね!ねぇファユ?」
 決意するやいなや冷静さを取り戻した二人は、カロンの手を取った。
「感謝するよ。これから勝利のための功夫をもっとしなくてはならない。準備しておきなさい」
「「「はい!」」」
 神竜族の少女達に加えて、この三人の駆け引きに圧倒されていたギンも決意を胸に返事をした。
 今ここに元神獣使いのカロンが率いる東の大国の精鋭チームが大会制覇に向けて爪を研ぎ始めたのである。

[削除|編集|コピー]
[13]召喚術士K


L黒の聖石術士

黒の大陸− 険しい山脈群で囲まれており渡航する者も少ないこの大陸は、実に千年もの長きにわたって黒き王の支配下にあった。帝王墜つ、ほんの数ヶ月前に黒の大陸で歴史的な事件が起こった。黒き王の崩御によって、大陸の勢力図は新たに描かれ直される事になる。
 クリスタルパレスにおいて、かつての白き王国の復興が始まっていた。千年という時間は果てしなく長く、かつては白き王国に属していた一族も何代も前から黒き王の支配下に置かれていた。黒き王が倒れた後は、大陸を離れる者もいたし、同種族の国へ流れる者もいた。

 召喚術士ブッコ・シュサンの家系は古代白き王国をルーツに持つ。黒き王の元では魔石将とは異なり軍部の所属であった彼は、黒き王の最後の戦いを知らない。主をなくした後は、長き封印が解かれたクリスタルパレスに導かれ、白き王女に仕える事になった。
「さて… どこまでやれるだろうか」
 褐色に焼けた肌とは対極の白い法衣を纏っているブッコはテーブルの上に置かれた聖石を撫でながら呟いた。
「俺の場合、厳密に言ったら召喚術ではないのだからなぁ」
 召喚術の基本定義は魔界などの異世界からの魔物の転送術である。強力な魔物と契約して使役する。これを主として行うのが召喚術士なのだ。

 聖石獣使い− いや聖石術士というのが彼の正式な職業(クラス)である。これは魔石の力を身に纏って戦闘に特化した魔石将とは異なり、聖石に光の精霊神の眷属たる聖獣を宿らせて顕現させて戦わせる術式である。
「黒王様は誰よりも強く、大陸外へも武力を持って覇道を歩もうとされた。だが白き王女は、聖石の反射光のように多種多様な性質を持つ種族達と共に歩みながら、世界への道を示そうとされている」
 クリスタルパレスにも普通の召喚術士はいる。元々魔界へのルートが出来やすい黒の大陸である。ある意味では強力な召喚・契約術を行使出来るのだ。しかし王女はこれを快しとしなかった。
「我々が歩んでいく道を諸外国の方に知ってもらう。そのためには貴方の聖石術が良いと考えました。勿論主催者には問い合わせ済みです」
 王女はそう言ってブッコに秘蔵の大聖石まで授けたのである。
「光の精霊神に選ばれし英霊までも宿す事が出来ると言われている大聖石まで賜ってしまったら、負けるわけにはいかないではないか!」
 ブッコはやる気に燃えている!しかし同時に諸外国での戦闘経験が無い事にネガティブにもなっていたのだ。
「では手合わせしてやろう♪」
 黒き王の下で軍団長を務めていて、今はクリスタルパレスに再雇用されている知己が、配下の召喚術士達との模擬戦闘の機会を作ってくれた。

「嘘…だろう」
 知己が震える声を絞り出した。
 黒き王の居城近くにある訓練場を使っての模擬戦の後の事である。
「なんでこれで主戦力じゃなかったんだ!?」
 呻いているのは配下の召喚術士達。
 訓練場で倒れているのは、ロックトロールやメタルドラゴン、アイルダーなどの訓練された強力な召喚魔物達である。そしてそれらを見下ろしている宝石のような外骨格を持つ魔物が三体いた。
「アサセ・コクロ、ビリウ・ウブル、カグン・ヘイム。ご苦労だったね。戻りなさい」
  アサセ・コクロは蜘蛛のような体躯を持っており、ビリウ・ウブルは一本足一本腕の人型である。カグン・ヘイムと呼ばれたのは鳥のようであり、ブッコの呼びかけに応えると一声鳴いてから聖石に戻ってみせた。
「ありがとう。これで諸外国でもなんとかなりそうだと思えるようになったよ」
 懐っこい笑顔で知己に話しかけるブッコは本心からそう思っていた。嫌みなどではなく。「ああ、がんばってきてくれ。我らがクリスタルパレスの未来のために…な」
 精鋭の軍用魔物を一蹴された知己に笑顔はなかったが、応援する言葉に嘘はなかった。
「あ、すまないが、あと二匹の力も試したい!手伝ってくれるか?」
「な… わ、わかった。わかったから…ちょっと待っていてくれないか」
 聖石獣の実力を軍用魔物との模擬戦で確認できたブッコの喜びは大きかったが、主戦力の軍用魔物を一蹴されてしまった知己の悲しみも大きかった。
 黒き王配下の軍用魔物さえも凌駕する聖石獣。これを従える若き聖石術士が大陸の新たな姿を示すために大会に挑むのであった。

[削除|編集|コピー]
[14]召喚術士K


M聖王騎と妖女

聖王国パルナ王都− ここには国王の親衛隊ともいえる特記戦力が居を構えている。聖王騎と呼ばれる彼らは、全て災厄戦で活躍した勇者達である。災厄の魔王を倒したパルナ誇る英雄達、いずれは四大公さえも凌駕する存在になるだろうと国民は期待と賛美の声を送った。
 しかし数ヶ月前、その一角が崩れた。聖王騎アイビー・メレンネイトが教皇の護衛中に心神喪失状態になったのである。虚空を見つめる瞳に光は無く、弱々しい呼吸と共に掠れた悲鳴を発し続けていると噂され、このままでは家名が汚れるとメレンネイト家はアイビーの弟であるリウトに聖王騎を継がせたいと国王に懇願した。
 聖王騎とは災厄戦で活躍した勇者の称号であるが、それを栄誉としてでなく使命として精進するならば良いだろう。国王はそう言い、リウトの継承が決まった。

「ねぇシレーナ、今度の大会だけど…大丈夫かなぁ?」
 豪華絢爛な法衣をぎこちなく纏うのは新聖王騎リウト・メレンネイトである。その傍らには人間より一回り大型の…聖女がいた。
「フフ、可愛らしいリウト様。貴方には私がついているではありませんか」
 神に仕えし修道女をコンセプトにしているような清楚なドレスを着こなしているのは、ニュズ・シレーナという。
「そうだね、シレーナは僕よりもずっと強いから…。でも僕は姉様のようには戦えないから心配で…」
 メレンネイト家は代々魔術に長けた家系であった。リウトはその中でも優秀な魔術師の素養を持っていたが、姉のアイビーは魔術に加えて武芸にも長け、信仰深い事から神聖術まで行使出来たのである。災厄戦においても、後方で前線補助をしていたリウトに対して、アイビーは災厄の魔王を討つという偉業を成したのである。
「ああ、リウト様。お姉様は確かに凄い方だったのでしょう。でも貴方はそのお姉様より凄いのですよ?」
 俯くリウトの頭を抱き、ニュズ・シレーナは優しく話しかけた。
「確かにお姉様は文武に優れた御方のようですね。でもリウト様こそがメレンネイトの家名に相応しい力をお持ちです。歴代の当主達の中に、今のリウト様以上の召喚術を用いた者がいるのでしょうか?」
 その声はビロードのようになめらかで、リウトの不安は次第に薄れていった。
「それは…いないと思う。もっとも昔は召喚術自体が注目されていなかったからかもしれないけど。でも…姉様が教皇様から賜った聖鎧(ホーリィ・プレート)を継承してからは確かに優秀な魔物の召喚に成功し続けて…いる」
「そうです!全てリウト様の実力です。私を召喚出来たのだって、そうでしょう?」
 優秀な魔物に自らを臆面もなく重ねるニュズ・シレーナはリウトを抱っこする形で抱きしめた。
「シレーナは僕が本来召喚出来る魔物…いや人ではなかったよ」
「フフフ、ご存じでしょう?実力以上の魔物が召喚出来るのは…相性が良いからですよ」
 ニュズ・シレーナの唇がリウトの頬や額を優しくタッチする。リウトは恍惚の表情で彼女の胸に抱きついた。快楽?いやそれとは異なる陶酔にリウトは堕ちていた。
「シレーナ…」
「フフ、ニュズとおっしゃって?リウト様。私が貴方に勝利を差し上げますから」
「うん…ニュズ、僕も頑張るよ。国の…いや君のために」
 すり替わっていく戦う理由。完全に脱力しきっているリウトを抱きしめながらニュズは、彼にはみせなかった邪悪な笑みを浮かべていた。
「ええ、私のために…頑張って下さいませ。リウト様」
 聖王騎リウト・メレンネイトとニュズ・シレーナ。得体が知れない妖女は大会で何を企むのか。Kと同じ聖王騎の称号を持ち、魔術家系においても随一の召喚術を誇る青年がどんな魔物を使役するのか。絶望という名の暗雲が大会に立ちこめていくようであった。

[削除|編集|コピー]
[15]召喚術士K


N魔術師ギルドの精鋭達

ウツロイシティ・大会運営本部− ウツロイシティは、魔傀の魔爵が起こした遊戯という名の事件以来、聖騎士の鍛錬場として完全復活を遂げていた。今大会はコロシアムを中心に、魔物が存分に力を発揮できるように鍛錬場をフル活用して行われる事になっていた。
 国家外交レベルの大会になったとはいっても、実際の準備は魔術師ギルドが行う。今回は本部と全ての支部に所属する全ての会員に招集がかかっていた。

「…といっても、大体は俺達がやる事になるんだよなぁ…」
 休憩室でため息をつくのはヒョロっとした長身に眼鏡という風貌の魔術師…いやここでは全員が魔術師であるか…である。
「サボらないでねー、ウチらがやるしかないっしょ?」
 なだめるて発破をかけるのは、こちらは魔術師には似つかわしくない作業着で奔走している褐色肌の女性だった。
「Qは見た目によらず真面目だねぇ。そういやJとZは何処にいったんだ?」
 ヒョロは召喚術士G、仮名をガイという。
「イニシャルトークはわかんねぇから、名前で呼んでって言ったっしょ」
「わかったよ、クィーンクィーン…って言いにくいんだけど」
「クィンで良いよ。地元ではそう呼ばれてるし」
 褐色の女性もまた召喚術士Q、即ち大会参加者である。
「てか、なんで本戦参加の僕達が会場の設営とかしなくちゃいけないわけ?どうせなら大会に向けての訓練とかさせたいんだけどなぁ」
 不満顔のGにQは指でツンツンと突きながら、
「そんなん今更やったって変わんないっしょ?むしろこうして体を動かしていた方が気が晴れるし」
 Qの爛漫な笑顔に見惚れるG。しかし色恋沙汰とは無縁な嵐がやってきた。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ くそーーーーーーーーーーーーーっ ぜってぇコロスーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
 暗がりの森から帰還した召喚術士Jこと、ジャスティである。
「うるせえし!サボった罰としてコロシアムの整地と予選会の魔霧の草原の偵察してこい」
 とびきりの笑顔のままJの胸ぐらを掴むQ。
 Qは長身、Jは少年ゆえの標準的な背丈、ゆえに胸ぐらを掴まれると、同時に持ち上げられる事になる。
「なんで俺が!?今ムシャクシャしてんだよ!ガルルルルッ」
 逆ギレして唸るジャスティであるが、確かに結構な時間を設営から離れていたわけだし、かなり分が悪かった。
「だったら一緒にやろうか、じゃじゃじゃジャスティ君…」
 気にしていないと聞こえないくらいの小さな声は休憩室の入口からした。
「声小せえし。Z…えっとゼルだったよね。聖教支部の。ゼルもサボりだからジャスティと一緒で良いかな」
「うん… あ、これチェックしておいて…ね。じゃ…ジャスティ君、いこ?」
「ん… え!これって、備品のチェックと警備のスケジュール表と… その他もろもろ出来てんじゃん!これゼルが一人で作ったの?」
 召喚術士Z、仮名をゼルというが、彼はこういうデスクワークが得意であった。小柄な彼は全身がほぼ魔法衣に隠れていて、ほぼ顔が見えない。でも声の感じからかなり照れているのが伝わってくる。
「うん… 誰もいない部屋で楽だったから」
「あんたって出来る奴?仕事してたんならジャスティに付き合わなくても良いと思うけど?」
「いや… 僕の魔物は整地とか得意だから… じゃじゃじゃじゃすすす…」
「じゃじゃじゃじゃ、じゃじゃじゃじゃ、うるせぇ!」
 まだクィンに胸ぐらを掴まれて、ぷらーん状態でいるため迫力にかけるジャスティの反論。
「ごめん…よ。いこ?じゃ…すてぃ君」
「ハハハ、あんた良い奴だね。それにしてもガリ勉がトレードマークの魔術師達が準備室に殆どいないって…こりゃヤバい組織に入っちゃったかなぁ…。ま、いいや。ほら!ゼル。ジャスティをあげるから監督してやって」
 ポイッとゼルに差し出されたジャスティの腕をゼルがギュッと掴む。
「おい!俺を物みたいに扱うんじゃ… うわっ おっ なんて馬鹿力だ… こら!ゼル引っ張るなっ おい… ぜ… こら… … …… ………」
 ゼルに引きずられるジャスティの抗議の声は数分で聞こえなくなったという。

「ねぇ、ガイ?アンタは合成魔術の論文書いてたよね?やっぱりそっち系が得意?」
「ん?偵察か?…って論文出してたら秘匿情報とかないよなぁ…。ある意味、今回の大会で情報が一番オープンなのって俺らだよなぁ…」
 クィンの質問にため息をつきながらガイは肯定した。
「そうそう。私は魔具師だったからね。それで大体わかるっしょ」
「ゼルは死霊術士だったから…アレを使役しているんだろうしな」
「ん?ゼルは整地とかをアンデッド使ってやってるから、一番最初にネタが割れてたよ」 話に花が咲くガイとクィン。
「そういやジャスティは?あいつの事はよく知らないな」
「魔術師ギルドに入ったのが三年前だったはずよ。確かロロス先生の秘蔵っ子って噂されてたよね。私の支部でも有名な子だったわ」
「ロロス先生の愛弟子かぁ… こりゃ完全なダークホースだな」
 ジャスティの成長にはKも驚いていた。そしてロロスも召喚魔物の全容を知らないと言う。ガイやクィンの想像以上にジャスティは謎に包まれてる。
「どこかの貴族のご子息様とかかしらね」
「え、ガルルルって唸る貴族がいるか?まぁ…魔術師になるには金がかかるからな。冒険者でガンガン稼げている奴か貴族以外じゃなりにくいけどな」
 かくいうガイは親が冒険者だった口である。そしてクィンは、
「人は見た目じゃないし、こうみえてウチはお嬢様だからね」
「え」
「想像通りの反応、ウケるし」
 戸惑うガイを大きく口を開いて笑うクィンの家はパルナが誇る魔導公の分家であった。本当に貴族の令嬢なのである。
 由緒ある家に生まれ魔術の高等学力を身につけたが、発展的な性格のために家を飛び出したクィンは、ある国で造形美と機能美が見事に融合した魔具に魅せられた。それ以来、魔具師となって日々研鑽に励んでいたのだ。召喚術は魔具の材料を探す過程で必要になって身につけた。
 対してガイは順当に冒険者として実地の魔術を学び、今は合成魔術に魅せられて論文を書くほどに熱心に研究している。彼に取って召喚術は合成魔術の実践のひとつなのだ。

 合成魔術に長けた召喚術士ガイ、高度な魔具を造形する召喚術士クィーンクィーン、アンデッドを使役する寡黙な召喚術士ゼル、そして… Kの友達の上位種を召喚する実力を短期間で身につけた召喚術士ジャスティ。魔術師ギルドと魔術学院の次代となるであろう四人の精鋭達が今、熱心に大会準備をしていた。

[削除|編集|コピー]
[16]召喚術士K


Oリフォール王国の賢王

リフォール王国− リフォールは聖王国パルナの西方に位置する王制国家である。周囲の聖教国家群と比べてもその歴史は長く、現国王のフェーゴ・ライオット・リフォールは十八代目となる。実に五百年の歴史を刻めたのはリフォールの王位継承の仕組みにあるのかもしれない。”王族還り”と呼ばれるこのシステムは、一度王族でなくなり、努力によって王族に返り咲いた者のみが王になれるというものである。一度王族を離れる事、そしてどのような分野であっても一流となる研鑽を積む事で、歴代の王は世襲制のそれでは身につかない覚悟を持って国政に臨むのである。

宮廷内・謁見の間− 今大会の大陸大会規模が確定するより少し前に、宮廷魔術師であるジンクム・ヒッペルドルムは国王の急な召集を受けていた。何事かと急ぎ馳せ参じるジンクムは、その召集の目的に察するものがあった。

「よく来たな。ジンクム」謁見の挨拶をするジンクムに労いの言葉をかけると、フェーゴ王は人払いをして早々に本題に入った。
「この度の召喚術士技量競技大会についてだが、既に現況は存じておるな?」
「はい、大変危険な大会と考えておりますが、それにリフォールも参加すると聞いております」国王の話はジンクムの予想通りであったが、何故国王が自分を招集したのかはわからなかった。
「その通りだ。ジンクムも参加している宮廷魔術師による審議会でも意見が分かれたと思う。当初の魔術師ギルドからの案内状レベルであれば、そのまま審議を重ねて出た判断を私も尊重しただろう」
「!? 何かあったのですか?外交上の…問題でしょうか」宮廷魔術師達を気遣うフェーゴ王の言葉に、ジンクムは国王の他者には話せぬ苦悩を感じ取っていた。
「察しが良いな。それでこそジンクムだ。では話そうか」
 召喚術士技量競技大会は、当初は魔術師ギルドと魔術学院による文字通りの技量比べを目的とした大会概要であった。ところが事態は突然激しく迷走していく。リフォールを除く西方の国家群のほぼ全ての国が参加したいと言い出したのだ。
 魔族戦争以来、西方に限らず召喚した魔物による軍備増強は各国が課題にしていた。そして三年前の災厄の魔王戦では、やはり召喚した魔物の活躍が目立っていたのだ。更にはその舞台となった聖王国パルナの政策転換による魔物や魔族の軍部徴用の解禁。外交や諜報活動によって、それを知り得た西方の諸国は不安を抱えていたのである。
「それにしても、ほぼ全ての国がと言うのは異常ですね…」不安を口にするジンクムに、フェーゴ王は手を打って賛同した。
「その通りなのだ。いくら他国の軍事力に脅威を感じているとはいっても、大会参加自体にリスクがある事がわからないわけではないだろう」
 その通りなのだ。ド・レインでルリカが説明していたように、手札をどの程度見せるのかが大変デリケートな課題になってくる。そして勝っても相手国に恨まれるかもしれないs、負けたなら侮られるかもしれないのだ。
「優勝のメリットというのも…」
 最優秀召喚術士のメダル− だけである。莫大な賞金もないのだ。
「ここで隣国に疑心暗鬼が広がってはならない。そこで外交担当に働いて貰ったのだがな」
 ため息をつくフェード王は、肩を落とした。
「結果としては西方国家群を代表してリフォールが参戦する事になったわけだ」
 リフォールは外交も一流である。従って各国の悩みを深く調査し、落とし所を探した。その結果、リフォールが身を切る事となったのである。
「それは仕方ありません。かなり高難度ではありますが…」
「いや、もう少し聞いて欲しい」ジンクムの言葉をフェード王が珍しく遮った。
「まず参加者だが、これは改めて宮廷魔術師達に審議して貰おうと思っているが、すぐに結論が出るだろう。恐らくはリュネイ・バインドが推挙されるはずだ」
「ええ、そうなるかと」
 バインド家は優秀な魔術師の家系であり、代々宮廷魔術師の高席次に着いている。これは世襲という事ではなく、優秀な素質を更に研鑽してきた結果であった。そしてリュネイはそのバインド家においても百年に一度の逸材と言われていた。
「西方諸国がリフォールへの一任で納得した理由は、昨年のリュネイの活躍にあったのだ」
「魔穴(通称:ホール)の多発事件の事ですね」
 魔穴とは魔界と人間界を行き来できるホールの事である。気象で言うところの竜巻のように気まぐれに生じる迷惑な現象であるが、魔王クラスになると固定したホールを造る事が出来、三年前に災厄の魔王は同時に五つのホールを造って自軍を人間界に出撃させた。
「魔穴が多数発生する事例はあまり無いそうだな。そこで対応に困っていた諸国にリフォールは援軍を派遣したわけだが、この時に召喚術で魔物を巧みに操ったリュネイの評判がすこぶる良かったのだ。ある国では英雄扱いであったようだな」
「リュネイは優秀です。特に召喚術については、世界を見ても類を見ない術式を会得しています。若さ故か、やや視野が狭いところが難点ですが」
 ジンクムは公正な男だ。フェーゴ王の話にも要点を的確にまとめて返した。いやそれでも少し甘い評価か。リュネイ・バインドは確かに将来を有望視される優秀な宮廷魔術師であるし、自他共に認める秀逸な召喚術士である。しかし、やや…いやかなり自己愛が強かった。周囲に優秀である事を常に賛美されていたい、それが心の声でなくて実際の言動に表してしまうのだ。また自身の優秀さに絶対の自信を持っているため、ジンクムが指摘しているように視野が狭くなる嫌いがあった。
「うむ。正式な勅命は宮廷魔術師の審議会の報告が出てからにはなるが、リュネイをエントリーする事になるだろうな。それに異論は無い。問題はな、ジンクム。諸国は既にリュネイがエントリーすると思い込んでいる事なのだ」
「可能性が高い…ではなく、確定していると?」
 思い込みはあるだろうから、些細な問題に思えるかもしれない。しかし外交部の情報によると、それは思い込みのレベルを超えていた。正式に応援の新書を送ってくる国まであったからである。
「それだけではないのだ。現在、召喚術士技量競技大会はリフォールが主導して行われる事になっておるのだよ」
「!? まさか…そんな事は」ない…と言いかけてジンクムは止まった。あの東の大国や北の大国までが参加する事を決定した。ギルド主催であれば、それはなかったはずだ。
「勿論、各所に確認を入れたが、誰も事の流れを把握できていなかった。なのにこの不可思議な大会は開催に向けて動き続けておるのだよ」
 ジンクムはここにきてフェーゴ王の真意を悟った。何か得体の知れない者の陰謀の可能性が高い。しかし、いったい誰が?いや何の目的で?
「人か魔族か、しかし不確定要素が高いやり方です。目的がわかりません」
「うむ。そこでジンクムを呼んだ理由だがな…」
 正直に心の内を明かしたジンクムにフェーゴ王は静かに自身の考えを話し始めた。
 全てにおいて一流であるリフォール王国は、その名に恥じない分析をしていたのである。

[削除|編集|コピー]
[17]召喚術士K


Pリフォールの星

バタバタバタバタッ− 時同じくしてバインド家の廊下を可愛らしい姿のフットマンが走っていた。
バタンッ! ドアが開き、そしてすぐに バタンッ! 閉まった。
トントン!「あ、もういっかい!」トン! 三度のノック。そして、
バタンッ! ドアが開いた。今度こそ。
「リュネイ様ーっ お茶ですーっ」
タタタタッ 「あ!」 バタン! 転倒。
「やれやれ。ミュオン、室内で走らないようにと何度も言っただろう?あと廊下もか」
 リュネイは読んでいた本を机に置いて立ち上がると、転んで涙目になっている猫型の魔物を持ち上げて椅子に座らせた。タオルでお茶で濡れた服を拭いてやる。
「すみません、リュネイ様ぁ」
「ミュオンはニャボルトだからな。前のめりに走ってしまうのは先祖が四足歩行だった名残かもしれないね」
 ニャボルトとは猫型の亜人の事であるが、ミュオンはやや獣の要素が強かった。
「あ、クッキーだ!」涙目のまま机の上のクッキーをガン見するミュオン。
「お食べ」笑顔でミュオンにクッキーをあげるリュネイ。
「ワーイ!」先程の転倒はどこへやら、美味しそうにクッキーを食べ始めるミュオンをリュネイは優しく撫でてやった。
「さて…ここまでは僕の考え通りだ。まもなくフェーゴ王より勅命があるだろう」
 ミュオンを撫でながら、リュネイの視線は部屋に飾ってある宮廷魔術師の席次に初めて付いたという初代の肖像画に向けられていた。
「偉大なる初代様のように…いや初代様以上に!僕はリフォールの星になるんだ」
「リュネイ様ならなれますー。僕だってー」
 リュネイの呟きに呼応したミュオンは立ち上がるとシュッシュッとシャドーをしてみせる。そして バターン! 体勢が前のめりになって椅子から落ちた。
「よしよし。そうだね。ミュオンに出て貰う事もあるかもしれないね」
 これはリュネイの優しい嘘。ミュオンに戦闘能力は殆ど無い。しかし主のために奮い立つ小さな毛玉をリュネイは立たせてやって、今度はサックマーのドロップをあげた。テンションMAXのミュオン。
(ギルド枠の四人は敵ではないだろう。北の大国と東の大国への対策と…、問題は情報が少ない黒の大陸か。そして…災厄戦で活躍した召喚術士K、こいつへの対策は…)
 ドロップを舐めてゴロゴロと喉をならすミュオンを膝に乗せてやりながらリュネイは分析と考察を続けていく。
 一流のリフォール王国の、ジンクムにして特別な召喚術を操るリュネイ・バインドが、大会初制覇に向けての準備を着々とすすめていく。輝けるリフォールの星になるために。
 
 そして月日が流れた−

[削除|編集|コピー]
[18]召喚術士K


Qウツロイシティ再び

ウツロイシティ− 古代聖騎士の修練場だった街、数ヶ月前に魔傀の魔爵の遊戯の舞台となったこの街は、今はその時の傷を癒やして聖騎士の修練と冒険者の技量上げの場として隣国にも周知されていた。
 そして今回の召喚術士技量競技大会の競技場となったウツロイシティは、大会開催中は来賓としてやって来る各国の要人警備のため、関係者以外は一部の居住区に移された。街の周囲には四大公の警備部隊の駐屯地が築かれたが、軍団規模が滞在地が四方に展開されているため街が一回り大きくなったように見えるかもしれない。

「うわあ、なにこれ?こんな大きな魔晶石があったんだ」
 銀髪の美少女が中央広場に設置された大型の魔晶スクリーンを見て感嘆の声をあげた。
「MADE in リフォール王国なのです。ヒュルムお母さんも関わっていたんですよ」
 桃色のストレートロングの髪の美少女がエヘンと胸を張って説明する。
「へぇ〜、アウルムさんのお母さんが造ったの?凄いなぁ、魔晶石の結合ってかなりの技術だよね」
「凄く大変だったと言ってました。確かこれに投影する映像を撮影するゴーレムも造っていたはずです。陸・海・空と三タイプあって…。今回の大会をただ投影するだけでなく、きちんと記録に残すのだと思います」
「マスターの予選はこれで観覧する事になるのかぁ」
「ところでリオさん。マスターが予選で誰を召喚するとか、何か聞いてますか?」
 リオはブンブンと首を降った。
「まだ予選の競技内容もわかってないからだと思うけど。何も言わない人だからね」
「いえ、マスターはこの大会に私たちを召喚しないとお考えなんだと思います。恐らくは戦闘用の… クエストにお連れになっている方々なのだと思うのですが、私は面識がないのです」
 Kの予選を案じるアウルム。しかしリオもKの戦闘用魔物についてはあまり知らなかった。
「ジャッキー君とポッチー君だったら会ったことあるけど、他の魔物には会ったこと無いなぁ」
 KはSALONとクエストでは完全に線引きをしていた。元々の契約に至る経緯も異なるからだ。クエストに連れて行く魔物は主に災厄戦で保護した魔物であり、館のサキュバス達はSALONのスタッフとして新規に募集したのである。魔族であるから強い者もいるが、非戦闘要員としてクエストに同伴させる事はなかった。

「ようよう、そこの可愛いお嬢さんたち!俺らと遊ばねぇかい?」
「この街が初めてなら案内してやっても良いぜぇ〜?」
 突然生じた下品な声。嫌々に振り返ったリオとアウルムの目に、いかにもゴロつき風の男二人が下卑な笑みを浮かべているのが映った。
「別に初めてじゃないけどね」
「ええ、少し前に来たことがあります。貴方達はいつ頃にここにいらっしゃったのでしょうか?」
 リオとアウルムは、いやルリカやティアを含めてド・レインのかなりのメンバーがここウツロイシティにやって来ていた。Kを狙った一連の暗殺計画の集大成がこの地だったからである。
「俺達が来たのは一ヶ月前さ。だから大分詳しいぜぇ」
「そうそう、今回の大会のせいで居住地は限られてるけどさ。前に来たって事はまだ知らねぇだろ?最近出来た美味しいスイーツを出す店とかさ!」
 美味しいスイーツのお店?そんなものが出来たのかと一瞬思考がこのワードに行ってしまったリオだったが、勿論この誘いは辞退した。
「悪いけど僕達はその大会の関係者だから。まぁ情報ありがとう。そのうちに行くから今はいいや」
 アウルムも短めに礼を言い、その場を離れようとするとゴロつき達が態度を豹変させた。
「おい!こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
「こうなったら嫌でも何でも付き合って貰うぜ!」
 ゴロつきの手がアウルムとリオの肩を掴む。
「なに…触ってんのさ…」
「とても失礼なのです!」
 歩みを止めた二人が振り向きざまに魔導弾(マジック・ミサイル)を撃ち込もうとした時だった。
「こらーーーーーーっ そこーーーーっ なにやってるんですかーーーーーっっ」
 大きな声が背後からした。
「げっ あれは荒くれ…」
「暴力おん… いや、あれは…」
 その声に振り向いたゴロつき達が硬直する。逆に歓迎の声をあげたのはリオとアウルムであった。
「リーマさん!」
「お久しぶりなのです!」
「あ、やっぱりリルさんとアムさん…いやリオさんとアウルムさんだっけ。ごめん、まだ慣れなくて」
 駆け付けた来たのは聖騎士の警ら用の制服を着た元気いっぱいの少女であった。聖騎士志望のリーマは三ヶ月前にここウツロイシティで起きた魔傀の魔爵が起こした事件に巻き込まれたが、その後に念願叶って聖騎士見習いとなっていた。
 そしてその事件の時にリオとアウルムは、自らの出自を偽装するためにそれぞれリルとアムと名乗っていたのである。
「別にどっちでも良いよ。それにしてもその制服、良かったね。聖騎士さんになれて」
「いえいえ、まだ見習いなんですよ。今は…」
 ガールズトークはいつどこでも始まるものだ。ゴロつき達を蚊帳の外に少女達は再会の喜びを語り合い始めた。
 こそこそ…。ゴロつき達がその大きな体を小さくしてその場を離脱しようとした時だった。

[削除|編集|コピー]
[19]召喚術士K


Rリーマとリーランド

「おい。どこに行くんだ?お前達は」
 突如現れた精悍な顔立ちの男がゴロつき達の首根っこを同時に掴むと、難なく持ち上げた。慌てて手足をバタつかせるゴロつき達を「静かにしろ」と軽く一喝すると、彼らは借りてきた猫のように大人しくなる。
「あ…リーランドさん。お久しぶりです」
「その節はお世話になりました」
「おお、君達だったか。なるほどカシム…いやカムア殿が来たという事だな」
 リーマと同じく警ら用の制服を纏っている男は、丁寧に挨拶をするリオとアウルムに満面の笑顔で返した。ぷらーん状態のゴロつき達。
「リーランド隊長。こいつら私の事を失礼な二つ名で呼ぼうとしたんです!」
(あ、そこなんだ)苦笑するリオ。その隣でプンプン顔でリーマは直属の上司にチクっ…いや報告をしていた。
「加えて問題なのは、俺達の友人に対する迷惑行為だな。詰め所で話を聞こうか」
(優しいなぁ)リーマの私的なチク…報告を邪険にはせずに筋をきちんと通すのはリーランドの人柄を表していた。
「こいつらは俺が取り調べしておくから、リーマは彼女達を案内してやると良い」
「ありがとうございます。リーランドさん」
 ゴロつき達をそれぞれ片手で持ち上げたままのリーランドは礼を言うリオとアウルムの言葉に少し照れながら、
「ああ、良いよ。そうだ。明日の予選会が終わったら祝勝会を催すから、あとで人数だけ教えてくれ」
「え、まだ予選を突破できるかは…」
「ん?出来ないと思っているのか?」
 リーランドの言葉にリオとアウルムは、ブンブンと首を振った。
「そうだろう?じゃ、明日の祝勝会でな!」
 颯爽と去って行く白聖騎…いや今は竜聖騎となったリーランド。
 恩師の敵と思っていたKの真相を知り、彼を守る過程で成長した彼は、聖神と共にある聖竜の血を引く一族であった。事件中、恐らくは最強の刺客であったメリー・シープ・ヘヴンとの戦いの中で覚醒した彼は聖竜の力を行使する竜聖騎となったのである。
「リーランドさんって良い人だよねぇ」
 その精悍な後ろ姿を何故か敬礼して見送るリオとアウルムはしみじみと呟いた。
「はい。とても立派な先輩です。全然未熟な私に優し…いや結構厳しいけど…指導してくれて…。リーランド隊に入れて私は幸せです」
 本当に良かった。短い間ではあったがリーマと苦楽を共にしたリオとアウルムは心からそう思った。

「モグモグ。あー、やっぱりリーマさんじゃないですかー。モグモグ」
「本当なのです!リーマさんなのです!!モグモグモグモグ」
「良いからお前達は食べながら喋るの止めろよな…」
 クレープ風やらたこ焼き風やら、リンゴ飴風やら綿菓子風なものを終始モグモグして歩いてくるのはルリカとリリーである。そしてこの二人の保護者風なのはティアであった。
「リン…いやリリーさんは相変わらず食べるの好きだね〜。ルカ…いやルリカさんは…相変わらず…ええっと」
「モグモグ。美少女ですかねー。そんなの言わなくてもーぐもぐもぐもー」
「うん、じゃあそれで」
 ティアに「大変ですね〜」のアイコンタクトを取るリーマに「まぁな」と肩をすくめて応えるティア。ガールズトーク再び。
「そういえば… アイさん…アイシャさんは来てないんですか?」
「あー、シャネイは…」
 かつてこの地に訪れた時はアイシャは淫聖衣(エロス)と名付けた露出度0の大型フルアーマーを纏っていた。「こうでもしないと人目につきますからね」この言葉が嫌みにならないアイシャの美貌は確かにここまでしないと隠せなかったのだ。
 今回は身分を隠す必要はないのだが、かつての戦いで”勝利の女神”とか”美しき聖女”という二つ名がたくさん付くような活躍をしてしまったアイシャは「騒ぎになるといけないですからね」と観覧席が用意される本戦までは姿を見せない事にしたのだった。
「残念だな。私は本戦中は周辺警備だから会えないなぁ」
「いや、本戦に進めば居住区が用意されますからねー。試合外の時に会えますよー」
「あ、そっか。じゃあ非番の時に顔を出すね」
 聖騎士見習いになって三ヶ月、基礎研修を終えたばかりのリーマは、初めての任務に緊張していた。大会のタイムスケジュール、警らシフト、非常時の連絡手段etc. 失敗が許されない重大任務に見習いでただ一人参加を許されたリーマは、推挙してくれたリーランドのためにも頑張ろうと奮い立っていた。故に余裕があまりない。
「もう少し肩の力を抜いた方がいいですよー。とりあえず予選後の祝勝会の事を考えていた方が健康的ですもぐもぐー」
 小柄で少女にしか見えない見た目、おまけにモグモグしながらなのでやや説得力に欠けるが、ルリカは黒服団統括でもあり後進の指導には長けているのだ。
「ありがとう、ルリカさん。そうだね。まずは祝勝会か。…。あの…カシム君は…いやカムアさん、いやいや召喚術士K様…えっと…」
「呼び名はなんでも大丈夫だと思うよ。でもリーマさんにとってはカシム君…なんだよね」
 何故かテンパってみえるリーマに優しくフォローを入れるのはリオである。
「うん… カシム君には色々とお世話になったからね。大会は危険だと思うから気をつけて欲しいなって」
 聖騎士になろうと一念発起してウツロイシティに向かっていたリーマの危機を救ったのがKであった。呪いやら暗殺やらの関係で少年の姿でこの地を訪れたKは、父の名と母の旧姓を合わせてカシム・ファクサールと名乗り、アクシデント解決に向けて奔走したのである。
 リーマはもうこれ以上無いだろうという体験をKと、彼を案じて駆け付けたリオ達とした。そしてこの出来事がきっかけとなって聖騎士見習いとなれ、今はその初任務中なのだ。
「それだけですかねーもぐもぐ」
「えっ そそそれ以外にいったい何が??」
 モグモグが止まらないルリカの他愛ないツッコミにわかりやすくテンパるリーマ。
「…もう、ルリカは…。リーマさんが固まっちゃったじゃん」
 リオはジト目でルリカを一瞥すると、何かしらを答えなければとマゴマゴしてしまっているリーマの肩に優しく手を乗せた。
「気楽に考えて良いんだよ。リーマさん」
「え、あ…はい。私はカシム君に無事にいて欲しい。それで良いですよね!」
 リーマがマゴマゴから脱却した時だった。

[削除|編集|コピー]
[20]召喚術士K


S再会!Kとリーマ

「おや、リーマさん?これはお久しぶりですねぇ」
 ふわんとした風と共に、やはりふわんとした感じの声がした。
「え?あ!カカカカカカカカシカシ…」
 リーマ、マゴマゴモードパートU。現れたのは常闇の衣を冒険者モードにして纏っている少年モードのKだった。
「あっマスターだ! あれ?」モグモグを止めたリリーが可愛く小首を傾げた。
「またショタモードですねー。その姿の方が若干暗殺リスクが低くなるからですかねーもぐもぐもぐもぐ…ぐっ…詰まった!何故か綿菓子が詰まったぁーうぐぐぐぐぐぐぐっっ」
「なんで綿菓子が喉に詰まるんだよ。…仕方ねぇなぁ、ほら!」
バスッ!!− ティアがルリカの背中を軽くチョップ!…軽く?
「グググ…ハァ…☆☆☆☆〜」
「よし、これで治ったろ?…ん?ルリカ?おい…」
 ルリカ臨死体験中− そして泡を吹くルリカの傍らでアタフタするティア。
 間もなく天に召されるルリカをヒョイッと持ち上げる者がいた。
「も〜仕方ない子ねぇ〜。ほらお目覚めのチュ〜」
 ブッチュウゥゥゥゥゥ〜〜 ジュル〜〜〜〜
 暫し時が止まって〜
 スッポンッ!!
 これはディープな人工呼吸による蘇生術!…のはずだ。
「がはっっ はふっ ぜぇぜぇ あれ?ダネッちゃんはどこに!?」
「良い夢見たみたいね」
 ルリカを抱っこしているのは、スラッと執事風の服を着こなしている長身の女…いや女性風のメイクと髪型をした魔族だ。
「おやセコムンさん。なんで貴方がここに?」
 抱っこされたまま何故かウットリと魔族=セコムンを見つめるルリカ。
「護衛よ。カムア君のね」微笑み、そしてウインクを一つ。
「あれ?アッシュさんは?こういう時の護衛って、よく白服のアッシュさんがしてなかったっけ?」
「マスニーの護衛なら我々もしてますよー。リオリオ?なんでこっち見ないんですかー?」
 疑問をKに尋ねるリオに、抱っこのまま腕を振って抗議をするルリカ。
「アッシュには別件で動いて貰っています」
 端的に回答するK。危険度Sと考えられる潜入捜査だったが、リオ達が心配するといけないのでこれは伏せておいた。
「それだって我々もやれますからねー?リオリオー?」
 ルリカはまた少しだけ駄々をこね、そしてぐるんと顔をKに向けた。
「マスニー?我々に任務は?まさか無いと?無かったら、やけ食いしますよーー」
 脅迫?いや純粋にやる気から来る質問だった。珍しくプンプン顔になるルリカ。
「ルリカ達には、ここで最高難度の総合任務をお願いします」
「さ…最高難度ですと!?」
「ええ、黒服団全員で挑んで頂く任務です」
 ぴょん!ぐるぐるぐるぐ!(三回転半)シュタ!(着地)
 セコムンの慈愛の抱っこから芸術点100点で抜け出したルリカはいい顔でKにウインクをすると、シャキーンと敬礼をした。
「では任務の詳細をお聞きしましょう!その難度SSSの任務の詳細をね!」
「やる気ですね。助かります。お願いしたい事は予選後に居住区を貰ってからになりますから、団員の方にはその旨をお伝え下さい」
 らじゃ!と一礼したルリカは、ぴょんと飛び上がると再びセコムンの腕に戻る。
「それにしてもセコムンさん。今日はメイド服じゃないんですねー」
「ああ、好きな服だけどね。あれだと動きにくいから」
 それで執事服を参考に服を新調したという。
「ほら、言っといた方が良いぜ」「そうなのです。タイミングが大事なのですよ」「ほらほら、リーマさん」真面目な話が一転、賑やかな声援と共にリーマがKの前に押し出されてきた。
「あ、あ、あの…かかかカシム君」
「あ、リーマさん。似合ってますよ。聖騎士の制服。本当に良かったですねぇ」
 ニコニコ顔のKだったが、リーマと言えば「似合ってますよ」の辺りで石像になっていた。

「まぁ、たらしさん。ムマ」
 ひょこっとポケットサイズの美女が常闇の衣から顔を出した。マジックを愛するナイトメアである。いつもはビックリさせようと特別製のラピスラズリに潜んでいるうちに寝てしまい、修羅場に目覚めるというのがお約束の彼女であるが、今回は計画的に潜んで付いて来ていた。
「…まぁ、Kがたらしだというのは否定しないが、なんでお前がここに?」
 ジト目でメアを見つめるのは、親友のティアである。
「前に来たときは酷い目に遭ったからな。僕は今回、観光で来たんだ」
 メアもまたウツロイシティの事件に遭遇していた。戦闘力が皆無の彼女は周囲の状況を完璧に把握する事と、研鑽を続けているマジックの技術で困難を克服したが、その心臓に悪い状況は間違えなく酷い目であった。
「じゃあ一緒に観戦しようぜ♪」
「うん…それはいいんだが…」
 笑顔の親友にメアが少し歯切れ悪いのは「また何か怖いことに巻き込まれるのでは無いか」という不安からである。
「とりあえず僕は明るいところは苦手だから、これにて失礼するよ」
 メアの体がもわんと煙上になって消えた。Kの常闇の衣に仕込んだラピスラズリに戻っただけであるが、こういう演出もマジシャンであるナイトメアこそである。
「慌ただしい奴だなぁ」
 ティアはそう言って苦笑するが、なんだかんだと良いコンビである。

[削除|編集|コピー]
[21]召喚術士K


㉑ド・レインの日常風景〜

「さて、そろそろランチの時間ですね。では皆さん、どこかでランチを頂きましょうか」
 周囲に声をかけ、そして石像と化しているリーマの前に立つと「リーマさんもお昼休憩出来ますか?良かったらリーマさんもご一緒に如何ですか?」優しく声をかける。
 トントン、トントトトン。リオとアウルム、リリーにティアがリーマの肩や背中を優しくプッシュすると、リーマは息を吹き返した。
「あ…あの…はい」
 出会った時はこんなんじゃなかったのになぁ…。リーマはKと出会った時を思い返す。絶体絶命のピンチから救われて、不安でいっぱいの冒険を助けて貰って、とてつもなく恐ろしいピンチを乗り越えていって…。取り返しが付かない最悪の罠に捕らわれて、破滅しかなかった運命から救って貰った。
 そりゃあ、こうなるかぁ…。ランチへ向かって歩きながら、リーマは思わず苦笑した。

 お昼ご飯。皆で入ったのは、あの冒険者ギルド内にあるサロンだった。
 懐かしの…といっても数ヶ月ぶりでしかないが…冒険者料理を頂く。皆でワイワイと。
(リオさんもアウルムさんも、リリーさんもティアさんも、ルリカさんはいつもだけど。みんな楽しそう。そうだよね。カシム君はカシム君…だもんね)
 楽しい食事風景を見て、自分の心の揺らぎの理由に何となく合点がいったリーマに思わず笑みがこぼれた。
「あ、リーマさん。食べないなら私が貰いますよー」
 ルリカの手がリーマの冒険肉に伸びる。それを反射的にはじき返すリーマ。
「この肉はお仕事の原動力ですからね!あげません!」
「もぐもぐー、それは残念♪」
 リーマが笑顔になったのを確認したルリカは、すぐさまリオの肉を狙いに行き魔導弾で吹き飛ばされ、懲りずにティアの肉を奪いに行ってサブミッションをキメられた。
「ギブーギブですー。タン!」
 ぺしぺし!残った手でルリカの頭を叩くティアは満面の笑みを浮かべていた。
「私の事を呼ぶなら麗しのティア様とお呼びなさい?」
 ド・レインでの日常、楽しい時間をリーマは羨ましく思った。
 こういう時間が過ごせるのは、ド・レインの一人一人が真っ直ぐに歩んでいるからだろうとリーマは思う。数ヶ月前の事件だって、仲間を思う彼らの強い気持ちが勝利を呼んだのだ。そして−
(きっと今回の大会だって、無事に突破してくれる!)
 その根拠は目の前の風景。それだけで十分だとリーマは思った。
「あ!ルリカさん!それはリリーのなのです!」「おやおや、じゃあリリーには僕のをあげましょうね」「もうルリカは…」「ここのお料理のレシピをシェフにお聞きしましたので、ド・レインに戻ったら作ってみますね」「よし!ルリカ確保!」「ぎゃああああああああああああ、助けてリーマさん!暴力振るわれてますー」
 ド・レインドタバタ劇場。
「無事に突破してくれる…と良いなぁ」
 大規模で危険が伴う大会の予選会間近だというのに緊張感の欠片もない。そんなド・レインの日常風景に、リーマは少しだけ不安になった。いや、それはいつもの風景か。
 召喚術士技量競技大会・予選会、その前日の風景である。

[削除|編集|コピー]
[22]召喚術士K


㉒予選会発表会場へ

召喚術士技量競技大会・予選会 当日−
「やあ、ウツロイ晴れだねぇ〜」
 この日、ウツロイシティは雲一つ無い晴れだった。早朝に宿屋の窓を開けて大きく伸びをしたリオはとりあえずジョギングをしに出かけた。予選会には自分が出場するわけではなかったが、なんかそわそわして…いてもたってもいられなくなったからである。
 既に起きて食堂のシェフに調理法を習いに行っているアウルムは、皆の朝ご飯の用意も同時にこなしている。予選会にむけて万全の準備をするのです!と今日もやる気満々である。
「よ〜し、これでチャンピオンですよームニャムニャ」
「これは美味しいのです!もぐもぐむにゃむにゃ」
 夢の中で何かしらを成し遂げたらしいルリカと、何かしらの美味しいものをお腹いっぱい食べている夢をみているリリーは寝言で夢の内容を絶賛配信中であった。
「…なぁ…なんでKはいないんだ?」
「いや、僕は何も知らないムマ」
 ティアは早朝に抜けがけでKと遊ぼうとしたが、部屋にKの姿はなく、備え付けの机に置かれていたラピスラズリをブンブンと振ってナイトメアを召喚?した後、何故かメアに尋問風の愚痴を聞かせ始めていた。
 場所は変われど、いつもと変わらない朝を迎えているド・レインのお嬢様達。

「どうでした?」
「いまのところハズレです。となると…”アタリ”ですかね」
 ド・レインにあるKの私室、それに似通った感じの部屋にKとアッシュがいた。
「そうですか…。では大事にならないように、予定通りにやるしかないですかねぇ」
 Kの声はやや暗かった。対するアッシュはKを元気づけるように明るく応える。
「人の心が関わる事ですからね。こればかりは仕方ない。まだ三カ所残っていますから必ずしもですが」
「あとどのくらいかかりますか?」
「一カ所はテッド達が向かっています。もう一カ所は俺の伝手を使いました。最後の一つは俺がいきますから、三日といったところでしょうか」
 闇夜の月と二つ名のテッドは厳密には白服ではないが、今回はアッシュの配下になって貰っていた。アッシュの伝手についてKは何も聞かないのは、それが傭兵時代の仲間と想像しているのか、それとも…。
「なるほど、では順調にいって本戦一回戦くらい…ですね。トーナメントの組み合わせにもよりますが、なんとかなりそうですね」
「それより、予選会も気をつけて下さい」
「ん?何かありましたっけ?」
 とぼけるKにアッシュはグッと顔を寄せる。
「貴方は…。予選会でまともなのは一人しかいません。あとは不完全な召喚術を何かしらの手段で補完して臨む奴と、あとは…」
 未だに懲りないKの暗殺を企てる奴らが送ったなんちゃって召喚術士達だとアッシュは調査結果を口早に語った。
「その数は締め切り時で三十四人です。予選会の詳細は本日の正午ですが、たった一日でこの人数をふるいに掛けるとなると、バトルロイヤルのようなスタイルが考えられるわけですから…」
 もしバトルロイヤル形式だと、まずは強者たるKが暗殺云々抜きにしても狙われるだろう。それを案じるアッシュにKは笑顔で応える。
「アッシュは心配性ですねぇ。ありがとう。気をつけます。大丈夫ですよ」
 Kは優しく話すが、アッシュからしたら緊張感の欠片もないわけなので、全く心配が拭えない。
「全く貴方は…」
「僕よりもアッシュやテッド、そして伝手の皆さんの方が危険度が高いですよ?今までのがハズレなら、残りの三つには厄介な警備システムがあるかもしれませんからねぇ」
 自分の危険よりも、周りの心配か…。相変わらずだなとアッシュは苦笑した。
「わかりました。貴方の予選会は心配しない事にします。その代わり、こちらの事もご心配なく」
 敬礼をしたアッシュは、部屋の扉を開けて出ていった。
「さて、間もなく正午ですか」
 Kもまた部屋を出る。すると−
「あ、マスター!どこにいってたんです?正午になりますよ!」
 宿屋の部屋から出てきたKに話しかけるリオ。宿屋の部屋? そう、Kはそこから出てきた。
「はい、では参りましょうかね」
 既に常闇の衣を装備しているKは準備万端であった。
「あ、マスニー見つかりましたか?」
 失格になったらどうするのかと、割と生真面目なルリカに叱られ、ティアに手を引かれてKは予選会の内容発表会場である中央広場へと向かった。

[削除|編集|コピー]
[23]召喚術士K


㉓いざ予選会場へ

ウツロイシティ・中央広場−
『皆さん、燃えてますかー!』
 声を大きくする魔具を通して、大会実況士を名乗る女性が予選会開始の一声をあげた。
『私は今回の大会をアナウンスさせて頂くトクファ・ズィームと申します!宜しくお願い致しまーす!』
「楽しそうだけど…これじゃ運動会みたいだね」
 アウルムの母ヒュルムが造ったという魔導スクリーンに映し出されているのは、実況者のトクファと魔術師ギルド長のロロスである。
『では早速、大会主催である魔術師ギルド長L・D・ロロスさんに予選会開催のご挨拶と、競技内容を伝えて頂きましょう!』
『ええ、L・D・ロロスです。予選会参加の皆さん、こんにちは…』
 まずロロスが大会開催に向けての挨拶を始めた。
「こういうのって長いんですよねー。なんか眠くなってきました」
「ルリカ…さっきまで寝てなかったっけ?」
 朝ご飯にはやってきたものの、その後に二度寝をしたルリカは結局昼近くまで寝ていたのである。
『…では競技内容をお伝えします!』
 挨拶で眠そうにしていたのはルリカ達だけでなかった。他の参加者と付き添いの何割かもまた眠そうにしていたのである。苦笑しながら、少し声を大きくしてロロスは競技内容を伝え始めた。
『ここウツロイシティの修練場として名高い魔霧の草原、ここより10km程の地点に皆様を転送させて頂きます。そして魔導弾による合図でスタートして頂いて、魔霧の草原へのゲートになっている東門にゴールした先着二名の方が予選突破者となります!』
 おおぉ〜、歓声というよりは喚声が起こった。
 魔霧の草原− かつての、いや今もウツロイシティの聖騎士修練場として難関と言われている場所である。常に立ちこめる霧によって視界は悪く、地上だけでなく空中や地中にも凶悪な魔物がいて襲ってくるのである。
「大丈夫かな。あそこは結構きつかったよね。マスター一人じゃ…」
 心配するリオは、かつての戦いを思い出していた。怪我を負ったKの代わりに試練突破のオーブを得るために訪れた草原では、霧の中でも自分達を感知して襲ってくる魔物達に苦戦をしたのである。その上、魔鎧を纏った魔族にも強襲されて…。
「大丈夫ですよ。今、召喚できる魔物は無制限だってアナウンスしてましたから。適性のある魔物を召喚するんじゃないですかーもぐもぐ」
 昨日より多くの食べ歩きフードを抱えながら観戦モードのルリカは楽観的にリオに語りかけたが、リオは青い顔のまま反射的に頷くだけだ。
『では付き添いや観覧の皆さんは、中央井戸を中心に描いてある魔法陣から出て下さいー。出場者の皆様はそのままでー』
 どうやらこの魔法陣がスタート地点まで出場者を送る転送魔法を発動させるもののようだ。
「あ、マスター」
 魔法陣を出る群衆に流されるリオは、Kの姿がみるみると小さくなっていくのに言いようのない不安を感じた。
「大丈夫ですよ」
 リオに、そして皆に向かって手を振るKはうーんっと手を伸ばして大きく息を吸った。
『はい、ではこれより召喚術士技量競技大会・予選会を始めます!』
 トクファのアナウンスと同時に、魔法陣を囲んでいた魔術師十二人が転送魔法の呪文を詠唱し始めた。三ラウンドして発動した大人数用の転送魔法は光を発し、三十四名の出場者を包み込んでいく。そして大きな閃光と共に三十四人は姿を消した。

”ウィィィーン”
 転送完了と同時に、広場の大型スクリーンが光を発した。
『はーい、では現地の様子を観てみましょう〜』
 映し出されたのは、Kの姿だった。
「え、マスター。なんで?」
『はい、現地には撮影用のゴーレムが数体おりましてー、予選突破の有力者を中心に競技内容をこちらに投影する事になっておりますー』
「なるほど、マスニーは本来本戦シードでしたからね。というが表向きの話ですかねー」
 もぐもぐを一旦止めて、ルリカが目を細めた。
「表向きって?」
「リオリオ〜?またがっかりさせるとヤルっていったじゃないですかー?」
 ハッと我が身を守るリオは、セコムンの背後に隠れた。
「あれだろ?諜報活動ってやつだよな」
「ええ、マスターがどんな戦い方をするのか、偵察をしているのです」
 ティアとアウルムも険しい表情でスクリーンを見つめる。
「だったらあまり意味が無いかもしれませんね」
 ビロードのような滑らかな声、それはリオの背後からした。
「アイシャさん!?いつ来たの?」
 魔術師風のフードで全身を完全に隠しきったアイシャは小声で「ハロハロ〜」とリオ達に挨拶をする。
「マスターが好きなタイミングで来られるようにと、一度限りの転送玉を下さったのです。新生淫聖衣が出来たので、早めに来ることが出来ました」
 淫聖衣− アイシャがエロスとも呼ぶ魔具は、前回ウツロイシティに来た時は黄金のフルアーマーであった。重戦士の特性かと思いきや銃火器類を展開する銃戦士の特性を持っており、最終局面ではガリルの"キャッスル”によって巨大具現化した。淫をいう言葉はどこへやら、まさしく最終決戦兵器だったのである。
「あのう、アイシャさん。あまり意味が無いってどういう意味です?」
 リオの疑問は新生淫聖衣よりも、アイシャの言葉にあった。心配顔のリオにアイシャは微笑んでから回答した。
「そのままの意味ですよ。リオちゃん。予選会は戦闘ありのレースのようですね。本戦の闘技とは違います。それにマスターは色々と規格外の御方ですからね」
 単純に契約している魔物の数にしても、契約内容にしても、魔物の鍛え方にしても、K自身の戦闘スタイルにしても、全てが普通の召喚術士の常識外にある。
「マスターを研究している人は既に災厄戦から調べているでしょうし、こんな視界の悪い場所でのレース一つで何かが変わるものではないと思いますよ」
 凜として答えるアイシャの言葉にはリオだけでなくティアやアウルムも元気になっていった。

[削除|編集|コピー]
[24]召喚術士K


㉔惨劇のスタート

『では!召喚術士技量競技大会・予選会をスタート致します!』
 トクファの宣言と同時に、中央広場に設置された魔導砲が天空に向けて火球弾を打ち上げた。火球の魔法の数倍の破壊力を持つ魔導弾は、上空で炸裂すると強力な閃光と耳を劈くような爆裂音を周囲に発した。
「び…びっくりした」
「なるほど、これがスタートの合図で閃光の方向がゴールというわけですねー」
 かなりの高度での炸裂したので耳がおかしくなる程の音量ではなかったが、リリーはビックリして持っていたお菓子を落としてしまい涙目になってしまった。
「はいはい、リリーさん。私のリンゴ飴をあげますから泣かないでー」
「!?リリー、リンゴ飴好きです!!」
 ルリカのナイスフォローで一転して笑顔になるリリー。
「あ、みんな召喚陣を描き始めたのです!…あれ、マスターは…」
 スクリーンを見ていたアウルムが驚きの声をあげた。
「あ…なんで?なんで召喚陣を描かないまま霧の中へ?」
 リオが言うようにKはスタートの爆裂音が小さくなって届いたのと同時に歩み始めた。魔霧の草原の霧は魔素を多く含み、それを糧にする魔物が多く潜んでいる。魔物の護衛も無しに術士の類いがノコノコと歩いていたら、数分もしないで食い殺されてしまうだろう。その魔性の草原にKは散歩するように歩き始めたのだ。

「なっなんで魔物を召喚しないんだ!?」
 Kの近くからスタートとなった召喚術士達は、Kのあり得ない行動に驚愕した。
「ば…馬鹿な奴だ。俺達に殺される前に草原の魔物に殺される気か!?」
 これはKの暗殺依頼を受けた術士だろう。いずれにせよ魔物の召喚・使役には疎いようだ。彼らは一様に魔法陣から大型スクロールを取り出し、それを広げて魔物を発現させている。自身の実力では大型の魔法陣さえ描けない証、そして魔物も力尽くで弱らせてから強引に契約を結ばせてから、コントロール用の魔具などで強引に使役していた。
「どっ どこにいる?」
 霧の中なのに、それを見通す特性を持つ魔物を召喚した術士は少数だった。魔物の特性を理解してシチュエーションに合わせて入れ替える事も彼らには出来ない。それ故に暗中模索の状態で、ゴールを目指したりKを探したりしている。

「あ!マスターがいたのです!」
 Kを見失ってから数分して、撮影用ゴーレムがKの姿を再度捉えた。撮影用ゴーレムには蛇のように熱を感知したり、蝙蝠のように音でターゲットを捉える機能が付けられているとアウルムが語った。恐るべきは大陸中に誇るリフォールの魔法科学力である。
「え…マスターの背後に誰か居る…」
 リオがそれに気がついた。斧と鉈で武装した人相が殺人鬼なオーガーと使役している術士がKを見つけたのだ!
「マスター後ろー!後ろ−!!」
 ルリカが、ティアが、リオが、スクリーンに向けてKに迫る殺意の刃の存在を教えようと声をあげるが…。
”ザクッッッッッッッッッッッ!”
 オーガーの無慈悲な一撃がKの頭を柘榴のように破裂させた…。

「ま…マスターーーーーーーーーーーーーーーーっ」
「え、嘘…」
「マスターが…」
「…いや…そんなはずは…」
「… ……う…そ」
 悲鳴が消えゆくような静けさが広場を覆った。
 リオ達だけでなく、広場で観戦していた全ての者の声が止まったのだ。
「おい…この大会、殺人ありなのかよ…」
 誰かが言った。
 嘘だ。マスターなら、暗殺者がいる事だってわかっていたはずだ。わかっていて立ち尽くしているなんて。そうでなくても危険な草原なのに、歩みを止めるなんて。
 …マスターがそんなミスをするはずがない!!
「あっ」
 リオと同じ考えだったのか、アイシャもルリカもティアもリリーもアウルムも、ド・レインの全ての者がスクリーンを見上げた時だった。異変が起こっていた。

「うわっっ なななんだ!?これはぁぁぁ」
「ぐおおおおおおおおおおっっ!?」
 Kを斬殺したオーガーを、Kだったモノが絡め取っていく。裂かれた肉塊がドロドロのアメーバのように変化して、腰を抜かしていた術士も取り込んでいく。

「おい!こっちを見ろ!!あそこにKがいるぞ!!」
「なんだ?あっちにも召喚術士Kがいる?」
「おいおい、一体何人…いるんだよ」
 広場の喚声の原因は斬殺された術士の話題から、無数に現れた術士の話題へと変わっていた。そのそれぞれに暗殺目的の術士と使役魔物が牙を剥き、そして取り込まれ…いや食べられていった。
「…ああいう擬態をする魔物って、あの草原にいましたっけ?」
 かつて魔霧の草原を制覇したルリカが呟いた。
「わかんない…。でも、魔霧の草原の魔物でないなら…」
「そうです!これは…マスターの!」
 Kは生きている!希望の光が差した。

[削除|編集|コピー]
[25]召喚術士K


㉕Kはどこに?

「でも、マスターはどこにいるんだろう?」
「フフフ、わかりませんか?リオリオ」
 Kの居場所がわからずに不安が拭えないリオに、自信満々のルリカが口角をあげて格好をつけながら言った。
「ルリカはわかるっていうの?」
『おや、広場の可愛らしいお嬢さんが、召喚術士Kさんがいる場所の検討がついているようですー。ここは教えて頂きましょうー』
 どんな聴覚をしているのか?実況のトクファがルリカに注目し、同時に広場担当の撮影ゴーレムがルリカをズームインした。
 巨大魔導スクリーンにでかでかと映る可愛らしいお嬢さん。
「ウフフフ♪」可愛らしい笑い声で応えるお嬢さんルリカ。
『召喚術士Kさんはどこにー?』
「皆さんもご存じの通り魔霧の草原は霧がとてーーも濃いわけですが!実は上空ほど薄くなっているんです!手強い魔物もいますが、速ささえあれば!一気にビューーーンと進めるルートが空なのです!だーかーらー?」
 身振り手振りでわかりやすく、そして皆を回答へ導くルリカにトクファもノリノリでのっていく。
『なるほどー!では上空に撮影ゴーレムを移動させましょうー』
 魔導スクリーンにスタート地点の上空が映し出された。
『!?誰かいます!!これはー??』
 そこには四足獣ベースの魔物と、それに乗っている蝙蝠状の翼と悪魔特有の角を持った…。
『あれ?この人は…。Kさんじゃありませんー』
「なんですとっ」
 驚愕の声をあげるルリカ。
 撮影ゴーレムはルリカから離れ、魔導スクリーンにはルリカが解説した正解ルートを唯一選んだ魔族が大きく映し出された。

[削除|編集|コピー]
[26]召喚術士K


㉖魔族マイト・リンク・カイザイト

 その魔族は地上で起こっている阿鼻叫喚の様を目視していた。しかし霧が濃い地表部の様子はほぼ見られない。
「…何が起こっている?それに…何故空中に来る奴がいないのだ?」
 通常のそれより大型のマンティコアを召喚し、障害が少ないであろう空中ルートを選んだのは魔族マイト・リンク・カイザイトである。
「予選会とはいえ、これ程に低レベルとはな。災厄様を倒した人間とは…この程度なのか」
 マイトは災厄の魔王の配下であった。とはいえ一兵士の立場であるから、災厄の魔王と懇意にしていたわけではない。あくまで兵隊である。
「念のために上がって来た奴らを蹴落としてからゴールを目指そうと思ったが、それすら必要ないとはな」
 マイトはこれ以上待つ必要はないと判断し、マンティコアに騎乗してゴールを目指す事にした。
「自分で飛んでもいいが、それで反則とか言われたら嫌だからな」
 割と生真面目である。魔族にして召喚術を行使するのも珍しいと言えた。魔爵や魔王が配下を使役するのとは異なり、同等か相性の良い自分以上の魔物を使役して戦うのは魔界において異端である。
「災厄様はこんな俺を認めて下さった。その災厄様を倒した人間は憎くもあるが」
 それ以上に主を倒した人間の知恵や研鑽を積む生き方に興味をもった。主である災厄もそうであったように。
 方針が決まればゴールはすぐだ。魔族の召喚術士マイトはマンティコアをゴールに向けて発進させた。
”ひゅっぅぅ”小さな風切り音がした。
「!?」自身に迫る鋭利な刃物をマイトは危機一髪で回避した。
「ぐおおおっ」マンティコアの苦悶の声。刃物はマンティコアを貫いていた。
「ワイバーンだと!?くっ速いっ」
 襲って来たのは二匹。もう一体の高高度からの強襲をマイトは身をさらせて間一髪回避する。そして霧の濃い地表部へと降下する。
「これが魔霧の草原の難関か。空中では地上より視界が良い分、奴らに索敵されやすいという事だな」
 新たな召喚陣を描きつつ、上空へ意識を向ける。
「…なるほど、こちらからも見えないか…」
 しかし見えないのはマイトだけ。奴らは、この魔霧の草原のワイバーン達は−
”ひゅ ひゅひゅっ っっっっっっっ”
「!? なんだとっ」急接近してくる風切り音。そしてマイトの回避と地面がえぐられるのは同時だった。
「ぐっ こいつら…見えているのか!?そして…更に大型だとっ」
 地面を抉ったのは、先の二匹より大きな黒翼のワイバーンだった。大きく横に飛んで距離を取るマイトに対し、ワイバーンは飛翔して上空に戻る。
「ふん!再び空から攻めてくるか?だがこちらは既に完成している」
 先程描いていた魔法陣は完成していた。そこから新たなマンティコアが発現する。
「先程の個体より速さに特化している。これで一気にゴールを目指すとしよう」
 マンティコアに魔素を分け与え、フルスロットルで飛行させる。自身は襲ってくるワイバーンを牽制するために閃光弾と火炎弾を展開する。濃厚な霧さえも見通す眼力を持つワイバーンはこの閃光弾に怯み、火炎弾によって傷を負うや割の合わない獲物と狩りを諦めた。
「さぁ!このままゴールだ!」
 マイトの視界にウツロイシティの東門が映った。

[削除|編集|コピー]
[27]召喚術士K


㉗予選決着!!

「あの魔族がやってくる!マスターは?空じゃないって事は地上?」
「わかりませんが、地上では間に合わないかもしれません。何しろあの速さですから」
 この時のマイトの姿は、実はスクリーンにはあまり映っていなかった。何しろ撮影ゴーレム(空バージョン)より速いのである。更には霧で視界も悪い。この時朧気であるが、マイトの姿を捉えていたのは、東門に設置された高倍率の魔晶レンズ(商品名:リッフォールZ)を持った試作型の撮影機である。これもまたMADE in リフォールである。
「そりゃ二位だって予選通過だけどさ…」
 悔しい。Kが二位になる事が、リオには何故か途方にもなく悔しかった。
「もう視認出来ますよ!あと二ラウンド程で…」
 二ラウンド=二十秒、誰しもがマイトの予選一位通過を確信した時だった。

”バコッ!”東門前の地面から大きな肉塊が現れた!
”にゅるり〜ニュルン!”そして門内に黒い物を射出した!
「ふぅ〜結構速かったと思いますが…」
 その黒い物が立ち上がり、パンパンと纏っている衣をはたくと、
「何位でした?」
 のんきに尋ねた。フードから出てきた顔は、
「「「「「マスターーーーーーーーーーーーーーーーっ」」」」」
 リオ達がKに突貫していく。感動の再会!
”ひょいっ”避けるK。
”ばたーーーーっ”倒れて、”すくっっ”立ち上がって、
”すたすたすたすたっっ”全員が競歩の速度でKに迫った。
「なんで避けるかなぁーー」代表者はリオである。
「いやいやいやいや、だって…」
「だって?」
「溶けますよ?」
「え?」意外な回答に固まるリオリオ。
 そしてこの間にマイトがゴールした。
『ゴール!ゴー−ル!ゴォーーールゥ!なんと召喚術士Kさんが一位でゴール!そしてマイトさんが二位でゴールでーーす!』
「予選一位通過おめでとう、マスター…って、溶けるって何??」
 お祝いの気持ちと避けられたショックがコラボ中のリオが再度Kに迫る。
「速かったですねー。それにしても地中からとわ」
 ルリカもまた驚きを禁じ得なかった。
「なんの魔物ですか?マスター」
 興味津々のアウルムが好奇心キラキラの目でKを見つめる。
「おや、皆さんもご存じの子ですよ?特にルリカは」
「え?私?…こんな肉塊は…。…ん…このヌルヌル感…まっまさか!」
「はい、そうです!インフィニット君ですよ♪」
 インフィニット君− それは規格外の大きさと増殖力を誇る触手生物である。魔界の一部を自身の体で覆い尽くし、更に成長中のところをKに保護された。インフィニット君は館にてエナジーをコントロールする事で体をスリム化する事に成功。更に瞬時に増殖巨大化する事も出来るようになった。普段は触手ならではのサービスをド・レインにて展開、また重傷者の治療にも一役を買っており、怪我が多いルリカが公私共々お世話になっていたのである。
「ええっと… …という事はまさか…」
「ええ。スタート地点からここまで、インフィニット君に成長して貰って、その中を移動したんです」
「そんなに大きく、こんなに早く成長できるんだ… でも普通は溶けるよね?中に入ったらさ」
 凄いのはわかるが、あまりにも常識からかけ離れたKの作戦にリオの顔は引きつったままだった。恐らくKは自身に物理攻撃を防ぐプロテクションを張っていたのだろう。先程自分達を避けたのは、表面に残っている消化液に触れさせないためだとリオは悟った。

「予選通過おめでとう。まさか地中からとはな。流石は災厄様を倒した人間の一人だ」
 ぶっちぎりのはずが、まさかの二位であったマイトがKに賛美の声を送ってきた。
「ありがとうございます。貴方は?」
「俺はマイトと言う。災厄様の配下だった者だ」
 マイトの自己紹介に、いや最初に災厄の名を出した時にルリカは動いており、Kとリオ達を守る体勢になっていた。
「別に襲ったりはしない。こうやって予選に出ている事で分かって貰えると思うが、俺は人間界で生きていく事にしたのだ。災厄様を討たれた事に何も感じないと言ったら嘘になるがな」
 傍らで羽を休めているマンティコアを撫でながらマイトは柔らかい笑顔を見せた。災厄戦から三年、マイトは恨みよりも前向きに生きる事を選んでいたのだ。
「お互い本戦も頑張りましょう」
 Kもまた笑顔で応える。リオの引きつりも治っていき、ルリカも警戒態勢をやや緩和させた時、ゴールについてのアナウンスが流れた。

[削除|編集|コピー]
[28]召喚術士K


㉘不正疑惑

『えー、ここで召喚術士Kさんのゴールについて疑義が発生しましたので、判定委員会からKさんに質疑が行われますー』
「え?なんで?」
 意外なアナウンスに再び顔が引きつるリオが声を上げる。
『ええっとですね、この競技はフライトを使おうと魔物を何体出そうとOKなんですけど、テレポートだけは認められていないわけでしてー』
 どうやら判定委員会は、地中を移動したというKの話に疑念を持ったようだ。
「そういうわけだ。我々としても大変遺憾なのだがね」
 仰々しい程の護衛を引き連れた険しい顔の男が、護衛達にKを囲む群衆を広場の隅まで追いやらせると挨拶もないまま本題に入った。
「なっ なんて失礼な!マスターがそんな反則をするわけがないじゃないか!」
 ムキーッと怒りを露わにするリオをとりあえず暴行罪に問われないようにとルリカが止める。
「あの位置からここまで、地中を進むというのはね、あるとしてもこれ程の時間ではあり得ないだろうというのが我々の見解なのだ。違反をしていない証明をして貰えると助かるのだがね」
 言葉選びは丁寧だが明らかな敵意をKに向けている初老の男は険しい表情を更に険しくしながら話した。
「んー、そうですねぇ。ではちょっと失礼します」
 当事者のKは意に介さずといった感じで東門まで歩いて行く。
「おい!質問に答えないか!」
 男の側近らしき者の怒声にKは「まぁまぁ」と窘めるように手を振ると、
「インフィニット君、あそこの噴水の方に出してあげなさい」
 やんわりとした指示を出した。
《ギィィィ♪》
”にゅるん!にゅるるん!にゅるるんるん!”
 触手が蠢く。そして−
”ぼん!ぼぼん!ぼぼぼんぼん!!”インフィニット君の触手の口らしきところから、飛び出す物があった。
”ざぶーーん”噴水の池に落ちてきた物は、いや者は、人間と魔物だった。
「ぐえぇぇ」「ぎゃああああ!」「食べられるぅぅぅぅぅぅぅうぅ〜」
「ぶむううううううう!?」「溶けるぅぅぅぅ!!」「死にたくないーーーっ」
 阿鼻叫喚再び。
 インフィニット君が射出したのは、スタート地点でKを襲ったり、ゴールを目指すも草原の魔物に狩られそうになった残りの予選参加者であった。
「水で洗い流せば大丈夫ですが、溶けかかってる人もいるようですので…」
 Kは"仕立て屋ピクシー軍団”を召喚し、怪我をした者達の手当を指示する。
「聖騎士の、それもベテランの域に達した者に対する修練の場です。生半可じゃ命を落としますからねぇ」
「…なるほど。よく分かった」
 険しい顔の判定委員は、それだけ言うと踵を返した。
 目の前の小憎たらしい術士は、自分を暗殺しようとした者も含めて救命活動もしていたのだ。これ以上の追求は自らの沽券に関わる。
「おや、ご理解頂けたのなら何よりです」
 もしこれでも不足と言われたら、インフィニット君の全貌を見せるか、彼か彼が信頼する人をインフィニット君でスタート地点まで送らせてまた戻らせてとするとか。そのような方法で証明しなくてはならないかとKは考えていたが、どうやら判定委員は愚かではなかったようだ。
『それでは改めましてー、召喚術士技量競技大会・予選会の一位突破は召喚術士Kさん!そして二位通過は召喚術士マイトさんでしたー!』
 トクファが予選結果を発表し、予選会は無事に幕を…降ろせなかった。

[削除|編集|コピー]
[29]召喚術士K


㉙反攻の雄叫び

ドン!バン!ブン!ズン!ニュン!!
 突如発生した爆発音は噴水の周囲からした。
「きゃああぁぁ」「うわっっ なななんだぁー」
「魔物が!?なんで??」
 幸い群衆は広場の周囲まで移動させられていたため、悲鳴や喚声はKと判定委員達には3Dサラウンドとなって届く。
 噴水の池にはインフィニット君が吐き出した予選落伍者達がグロッキー状態になっている。丁度その位置に爆音と共に五体の魔物が姿を現したのだ。何の前ぶりもなく。
「なんだ!?こいつらは!!」
 護衛に守られている判定委員がヒステリックに叫ぶ。
「ジャイアントにエルダーリザードマン、アイアンオーガーにフォレストビースト…あとはホークキャットですかね」
「種族を聞いているんじゃない!何故厳戒態勢のここに魔物が現れるのかと言っている!」 聞かれたから答えたのに…ちょっと拗ね気味のKは、判定委員の問いに嫌そうな表情を変えずに答えた。
「恐らくは誰かの…」
《ぐおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーっっ》
 Kの回答をフォレストビーストがその咆哮でかき消した。
 ザッッ!!− 五体の魔物のうち二体、リザードマンとホークキャットが南方面に向かって走り出す。残ったジャイアント族の青年とオーガーそしてビーストは噴水の池に向かうと慌てふためいている術士達を吹き飛ばしていった。
「おまえ…」
 ジャイアントの青年が噴水の石像のところまで逃げていた一人の術士を見つけた。悲鳴をあげつつ逃げ惑う残りの召喚術士達には目もくれずにオーガーとビーストも集結する。そして彼らは慎重に周囲を見渡した。
「おい。俺の管轄下で随分と舐めたまねをしてくれたな」
 聖騎士隊の動きは早かった。隊長リーランドの指揮の下、Kと判定委員達を保護すると、あっという間に包囲網を敷いたのである。
「やる…ぞ」
 捕まえた術士を脇に抱えたジャイアントがオーガーとビーストに目配せをする。それに呼応するように頷く二体の魔物。
 一瞬だった−
「何っ!?」
 災厄戦も経験しているリーランドが驚きの声をあげた。
 ジャイアントの青年が術士を放って、オーガーとビーストをそれぞれ片手で持ち上げると、天高く投げたのである。聖騎士の目が空を舞う二体にいった瞬間、ジャイアントは術士を拾って聖騎士隊に向かって走り出した。
「ぐわあ」
 ジャイアントの全力の突進は流石の聖騎士達にも止められない。そして落下してきたオーガーとビーストと合流し、三体は連なるように再突進を始めた。
 彼らの狙いは一点、最も守りが薄いところ。
「そこ…だ」
 狙われたのは小柄な聖騎士がいるところ、何しろジャイアントとオーガーの突進である。術式がどうこうではない。何を浴びせられても前進する覚悟の彼らは、自分達の持ち味を活かしているのだ。

[削除|編集|コピー]
[30]召喚術士K


㉚立ちはだかる壁

「嘘…こっちにくる…」
 青ざめている小柄な聖騎士、いや聖騎士見習いの声が震えていた。
「あ…あれってリーマさんじゃ」
 ジャイアントの突進先に目を向けたリオが叫んだ。
 そう、何故か薄倖の星回りが未だに抜けていないリーマに向かって、ベテラン聖騎士でも止められないだろう大型魔物の突進が迫っていく。
「終わったかな」
 リーマは小さく呟いた。以前のリーマだったら、ここで頭を抱えて天に祈り始めただろう。しかしウツロイシティでの冒険と、その後のリーランドのしごきによってリーマは変わっていた。
 勿論、目の前のジャイアントを吹っ飛ばす大技を会得したのではない。危険に対する立ち向かい方を実践しているのである。リーマはジャイアントの挙動に全神経を集中したのだ。
「来る…」ジャイアントの間合いに入った。ジャイアントが自分を吹き飛ばすために拳を固めて振り上げる。そして左足に重心を向けていって…。
「え?この軌道は」ジャイアントの拳の向かう軌道が自分の背丈よりもずっと高いところに設定されているのに気がつく。
ブゥン!− 人間のそれよりも遙かに大きなインパクト音。それはリーマの頭の位置よりずっと高いところからした。
「ぐ…」
 見上げるとジャイアントの青年が正拳突きの姿勢のまま歯を食いしばっている。
 いったい…何が? その答えもリーマの頭上からした。
「なかなか良い突きだが、この程度では俺は倒せん。諦めて縛につく方が良いぞ」
「ぐうぅ…」
 リーマの視界に青年ジャイアントより一回り大きな巨人が映った。その巨人はあろう事か青年ジャイアントの体重も乗った正拳突きを片手で受け止めているのだ。青年が姿勢を戻せない事を考えると、凄まじい握力で拳を捕まえているに違いなかった。
「ほら、さっさと待避しろ。巻き添えになりたくなかったらな」
 大型の巨人がリーマに忠告をする。
「は…はいっ」
 巨人族の戦いに巻き込まれたら死ぬだけじゃすまない。リーマは慌てて大型の後方へ待避する。大きな雄叫びと咆哮を背中で聞きながら。
「ぐおおおっっ!!」「シャーーーーーッッ!!」
 青年ジャイアントの正拳が止められた時に素早く後ろに引いていたオーガーとビーストが青年ジャイアントの左右に展開し、同時に青年より大型のジャイアントを強襲した。
「なかなか良い連携だが、足らんな」
 ブゥゥン!大型が無造作に片腕をあげた。青年の拳を掴んだままで。
「うわぁぁ」青年ジャイアントの体が宙に舞う。そして大型は広刃の剣を打ち込んでくるオーガーとの間合いを一瞬で詰めると、すかさずにその両手首を掴んだ。青年ジャイアントでも振りほどけなかった握力はオーガーの両手首の骨を粉砕し、大型はそのままオーガーを、地面を蹴って首元へ迫ろうとしていたビーストに叩きつけた。
「ぎゃ…あ」「ギャンンッッ」
 悲鳴がバウンドする。どんな力で叩きつけたら、石造りの地面で人の身長ほどまで跳ね返るのだろうか。
「そうら、まとめて相手をしてやろう。このエンテ・セルピのザ・サイアがな」
 北の巨人兵サイアは、宙に浮いたオーガーの首とビーストの足をそれぞれ掴むと、落下してきた青年ジャイアントに向けて投げつけた。
「ぐわあぁっ」衝突は投擲のベクトルが勝り、三体は噴水まで転がっていく。
「な…なに?僕はいったい何を見せられているの!?」
 サイアの強大なパワーにリオは驚愕していた。これまでにも魔爵クラスの魔力が膨大な敵を見た事はあったが、巨人族の純粋なパワーにはこれらとは全く違った凄みを感じたのである。

[削除|編集|コピー]
[31]召喚術士K


㉛エンテ・セルピ

「さて、仕上げといこうか!」
 衝突のダメージでなかなか立ち上がれない三体の前に歩いてきたサイアが両の手を大きく広げた。
「レジャネーヤ・バーニャ(凍てつく暴風)」
 ビュフゥゥゥウウウ!! サイアの前方のみ、倒れている三体を包み込む範囲のみで風が荒れ狂う。この術式が竜巻と異なるのは、ただの上昇気流ではなく限られた範囲のみで風を循環させるところだ。従って周囲に被害を出す事なく目的を達せられる。
「ぐわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ」三体の悲鳴が広場中に響き渡る。この暴風は凍気を含み対象者を凍てつかせ、更には氷の刃で切り刻む。たった1ラウンドの攻撃で三体はボロボロにされてしまった。
「終わったな。全く、早く着くのも善し悪しだ。パルナの聖騎士どもの手助けをする事になったのだからな」
「そう言うなよ。パルナとは友好関係を築いているのだ。それに良い肩慣らしになったのではないか」
 ぼやくサイアを窘めるのは戦士風の人間である。いや魔法衣を着ているから魔術師、召喚術士か。
「ではゾルゲイ、後はパルナの聖騎士に任せて我々は居住区とやらに行こうか」
「いや、まだ終わってないようだ」
 歩み寄ってきたサイアに後ろを向くように促すゾルゲイ。振り返ったサイアの目には、青年ジャイアントが立ち上がろうとする姿が映った。
「ほぉ、レジャネーヤ・バーニャをくらってまだ立ち上がれるとはな」
「お…俺は…逃げな…い」
「やめておけ。お前は戦える状態ではない」
 サイアの言葉は賞賛であった。それ程の破壊力がある術式だったのである。その証拠にオーガーとビーストはその衝撃で気を失ったままなのだ。
 そして忠告をしたのは、必殺の術式を耐えた青年への情けであった。立ち上がりはしたものの出血や骨折などのダメージによって満足に戦える状態ではないのは、周囲で見守っている者達の目にも明らかだった。
「倒…す」
 それでも青年の目から戦いの火が消える事はなかった。フラフラしつつも拳は前に向けられ、その視線はサイアの動きを逃すまいと注がれている。
「…そうか、では一撃で倒してやろう」
 サイアはこの青年のようなタイプが嫌いではない。恐らくは良い戦士になる素質があると思った。しかし向かってくるのであれば倒さねばならない。
「コピーヤ・ソルンサ(太陽の槍)」
 サイアは大きく右拳を引き、左手の平を青年へと向ける。引いた拳には膨大な熱量が灯り、周囲の気温が何度も上がっていくのを観戦者は感じた。
「今度は熱?炎?あの巨人って氷を使うだけじゃないの?」
「北の巨人族は、世界に散らばる遍く全ての巨人族の特性を学ぶと聞いた事があります。そして会得した特性の数が彼らの称号になると」
 リオの疑問にアウルムが昔に読んだ書物の記憶を呼び戻しながら答える。
「先程サイアさんはエンテ・セルピと名乗りました。私の記憶だとこれは六を現す古代語のワードです。恐らくサイアさんは六つの巨人族の特性を会得しておられます」
 アウルムの記憶通り、北の巨人族は世界に散らばる同胞の特性を身につけようと研鑽をする。その数は十三種。これを達人といえるレベルまで昇華して初めて会得したと認められる。そのための修練法が受け継がれているのだ。一つの特性を会得するまでの平均期間はおよそ十年。長寿の巨人族ではあるが、修練が困難な事もあって高位称号を持つ者は少ない。そんな巨人族の中でサイアは六つの特性を合わせて十年で会得した。
「では行くぞ」
 サイアの重心が前に移動していく。刹那、加速した。
青年は動かない。いや動けない。
 高熱を帯びた拳が青年を捉え…

[削除|編集|コピー]
[32]召喚術士K


㉜救済をする者

「!?」
 サイアの視界に黒一色の人間が映った。それも自分と青年の間に!
 Kだった−
「ぐっ」
 繰り出された拳は最早止められない。このままKを打ち抜くのか?
 力を抜き術式も解くが、それでも人間一人を消失させる事が出来る破壊力と熱量は急には消失しない。
「なっ!?」
 気がつけば、いや一瞬でサイアはKと青年ジャイアントを越えた場所にいた。
 まるでそこに誰もいなかったかのように、必殺の拳を空振って。
「K!貴様、何をした!何故、邪魔をする!!」
 邪魔をされた事に激昂したサイアは拳を握りしめてKを問い詰める。
「あの…ひさしぶりです。サイア君。あの…もうやめたげて下さい。ね?ね?」
 ふら〜っとサイアに歩み寄ってきたKがサイアの拳やら腕やらを手の平でタッチしたりしながら懇願する。
「や…やめろ!気持ちの悪い。お前はどうしてこうなんだ」
 興がそがれたといった感じで拳を降ろして後ずさるサイアは、内心では青年ジャイアントにトドメを刺さないで済んだ事にホッとしていた。戦士として倒さねばという心と、生かしてやりたいという心が葛藤していたのだ。
「で?やめたとしてどうするんだ?おまえは」
「それはですねぇ」
 Kが説明しようとした時だった。
「は〜い、カムア君〜。連れてきたわよ〜」
 元気なハスキー声が近づいてきた。執事服をお洒落に着こなしている長身の麗人だ。
「はい、ごめんなさいね。道をあけてね〜」
 麗人が声をかけると群衆がさっと道をあける。これはカリスマだから!という事ではない。彼が持っているものに理由があった。 
「貴様はKのグレーターデーモン!なるほど、貴様も出るのだな?この大会に」
「あら、サイア君じゃないの?元気にしてた?私はただのカムア君の付き添いよ〜」
 朗らかな会話…だろうか。一人は三体の魔物を一人で倒してしまった巨人族の戦士、そしてもう一人は…。
「よいしょっと♪」
 ドスン− 持っていたものを地面に降ろす。
「あれって!?」リオが本日何度目かの驚愕の声をあげた。
「先程逃げたトカゲ男と猫ちゃんですねー。流石はセコムンさん。一人で捕まえたんですねーもぐもぐ」
 すっかり観戦モードになったルリカがいか焼きを食べながら答えた。
「はい、貴方たちは静かにイイコにしていなさいね」
 セコムンが降ろしたエルダーリザードマンとホークキャットに微笑みかけると、二体は震えながら縮み上がって頭を縦に何度も振った。
「ありがとう。セコムンちゃん。…残りの三人は危ないなぁ…。サイア君が大人げないから…」
「おい、K。喧嘩売ってるか?」
「売ってませんよ。それより…手当をしませんとね」
 取り急ぎ"仕立て屋ピクシー軍団”に手当を指示し、自らはどこから出したのかヒールポーションやエリクサーを出すと、倒れている三体に与え始めた。

「おい、カムア。何をしてるんだ?」
 事態が落ち着いて来たため、聖騎士隊に戦闘配置から警戒配置に指示を変えたリーランドがやって来てKを問いただす。
「ええっと、救急治療…ですが」
「正気か?こいつらは契約不十分状態で暴れたんだぞ?こちらで確保させて貰う」
「うーんと…出来れば僕の方で保護してあげたいと言いますか…」
 そう言いつつ立ち上がり、キョロキョロと周囲を見渡すK。
「気持ちはわかるが、こういう事は規定通りにやらないとだな」
「あ、いた!」
 Kが指さした先には、先程青年ジャイアントに拉致された召喚術士がいた。
「セコムンちゃん、確保!」「らじゃ!」
 Kが指示するとセコムンが綺麗に手入れされているネイルをその術士に向けた。そして指先をチョイっと捻る。
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
 叫び声が近づいてきて、あっという間に術士はセコムンに首根っこを持たれた形でぷらーんとぶら下げられた。

[削除|編集|コピー]
[33]召喚術士K


㉝禁忌契約からの解放

「はい、たぶんですね…ここらへんに…」
 Kが術士の魔法衣の中に手を入れてまさぐる。
「こら!やめろ!どこ触って…ぎゃあああーーーっ」
 セコムンが軽く軽く首をギュッとすると、術士は悲鳴をあげてから大人しくなった。
「ああ、あった。これだ」
 Kの手には六つのスクロールがあった。それをリーランドに渡す。
「なんだ?これは」
「彼はこれを使ってこの子達を使役していたんですよ」
「魔具を使っての使役も認められていると思うが?」
 首を傾げるリーランドにスクロールを広げるようにKは言った。
「…なんだ?この文字は」
 そこにはルーンなどの魔法文字とは異なる文字が羅列してあった。薄気味が悪く禍々しい気配する感じられる。
「これは呪術に用いる文字や記号です。彼は…魔具ではなく呪具を用いてこの子達を支配していたのですよ…」
「なんだと!?」
 魔具と呪具は似て非なるものだ。魔具は文字通り魔術を用いる道具である。ところが呪具は…。呪いと祝いは同義であるが、共に神の力によるものである。呪いと言われる殆どは生物の魂を縛るなどの禁忌にあたり、人間界だけでなく魔界においても禁止事項となっているのだ。
「従来の契約術も、もしかしたらまだ何処か行われているかもですが、酷い拷問などの上で結ばれているものもあります。しかし呪術は…」
 人ではなく神の、大体の場合が邪神とされる混沌の存在の力を借りて行う契約術は、術士も魔物も魂レベルで浸食される。下手をすれば邪神の顕現の贄にされる事もあるのだ。それゆえの禁忌である。
「なるほどな。被害者だと思っていたこいつが実は加害者だったというわけか。おい!詰め所で話を聞かせて貰おうか」
「ひぃぃ」
 リーランドが鋭い目で術士を睨み付けると、術士は消えそうな引き声で悲鳴をあげた。
「しかし、よくこいつが呪具を使っているとわかったな」
「ええ、先程この子達が発現した時に、呪術の気配を感じたんです。それにちゃんとした契約なら術士への危害を与えない制約も入れられるでしょうに、彼はあっけなく拉致られてましたからねぇ」
 ちゃんとした契約術であれば、制約はオートマチックである。しかし呪術の場合は異なる。行使する呪法については、呪術をかけた者の意思で行わなければならないのだ。
「なるほどな。こいつらは反旗を翻すタイミングを狙っていた訳か」
 こうなると倒れている魔物達が哀れに思えてくる。リーランドは改めて犯人である術士を睨み付けた。

「では、この子達は僕が保護するって事で!何かあれば証人として出頭させますから。ね?ね?」
 リーランドにふら〜っと近づいて、肩やら腕やらにペタペタとスキンシップを図りながら訴えかけるK。
「やめろよ。気持ち悪い…。保護するって、何かあったらどうするつもりだ?」
 引き気味に問うリーランドにKはにこやかに答えた。
「え?何かあった事ってありましたか?僕が保護した子で」
「…ない…と思う」
 災厄戦後、Kが仲間になった魔物達を殺処分せずに保護したのは有名な話である。最もそのための資金繰りが苦しくて、ド・レインを開設する事になったのだが…。
 そしてKが保護した魔物が人間界でトラブルを起こした事例は未だ報告されていなかった。
「はい!では決まりという事で!」
 ぱんっとKが手を叩くと、五体の魔物を直下に扉が出来た。
”きぃぃ〜”扉があいて
”わーーっ”魔物達が落ちるように吸い込まれて
”ばたん!”扉が閉まった。
「はい、収容致しました。では僕も失礼して、彼らの解呪と手当に入ります」
 宣言したKの直下にも扉が出現した。
「おい!ちょっと待て。こちらとしては手当の様子とか、保護した場所も知っておきたいんだが」
 止めるリーランドにKはニコッと笑って提案をする。
「良いですよ。リーランドさんでも誰でも、一緒に来ますか?」
「え…」
 暫し固まるリーランド。
「よし!ジェイソン!お前行ってこい!」
 後ろに控えていた巨体の聖騎士を推挙する。
「え?俺…ですか?」
 突然の命令に戸惑うジェイソン。寡黙で頼もしい白聖騎がガチに緊張をしている。
「あ、じゃあジェイソン君、行きましょう」
「いや、ちょっと待て…わーーーーーっ」
 ジェイソンの手を握ったKが、そのまま扉を開く。するとKとジェイソンの体がその中に消えていき…
”ばたん!”閉まると同時に白聖騎ジェイソンが珍しく発していた叫び声も、そして扉も消えた。
「…大丈夫だよな?」
 リーランドは不安げに、近くに居たリオに尋ねる
「さぁ、僕らも初めて見ますよ。いつもの転送術ではないようでした」
「マジか!?」
 Kの奇行に慣れているリオは「きっと大会に向けて準備した何かしらだろうなぁ」とざっくり受け入れていたが、額を押さえるリーランドはストレス性の頭痛が再燃したようだった。

[削除|編集|コピー]
[34]召喚術士K


㉞それからのルリカ

召喚術士技量競技大会・本戦組み合わせ発表日−
 予選会から三日後、いよいよ本戦の組み合わせが発表される。本戦はトーナメント形式である事と競技内容が、予選後に明かされた。
 ちなみに競技内容は闘技であり一試合につき出場魔物数は五体、そして試合内容は団体戦というのが共通事項であり、星取りか勝ち抜きかは試合前に対戦者同士で話し合う事となっていた。

 ウツロイシティ・本戦参加者居住区− 予選を突破したKに割り当てられた居住区はかなり広かった。国家代表で来る者もいるので、警備の観点でも必要な処置なのだろう。当初の予定通りに黒服団のメインメンバーがやってきて居住区内の警備を始め、SALONのキャストも何人か、観光目的で顔を出していた。
「ねぇルリカ、確か本戦の組み合わせ発表って今日の正午だよね?」
 Kが館とこちらを行き来する召喚陣を設定した部屋で、本を読みつつKの帰りを待っていたリオが床に寝転びながらウツロイシティ名物を食べまくり状態のルリカに尋ねた。
「えっと…。ええ、そのはずですねーもぐもぐー」
「そっか。…あれだよね。マスター忘れているかもだよね。戻って来ないから、リーランドさんが考えてくれた祝勝会もなくなっちゃったしね」
 Kは中央広場で騒ぎを起こしてしまった魔物達を保護してから、居住区の整備のために一度顔を見せに来たきり戻って来なかったのだ。
 Kが戻ったら教えろと言ってくれたリーランドに謝りに行ったら「じゃあ本戦で優勝したら今回の分も併せて盛大にやってやろう」と言われて更に恐縮するはめになった。
「まぁ試合日までに戻れば大丈夫なので、別に見なくても大丈夫かと。あっこれも美味しい〜モグモグ」
「……」
 食べるか喋るか転がるかのルリカをジト目で見つめるリオ。確かにその通りなのだが、普通は対戦相手をいち早く知って対策を立てるものではないだろうか。
「まぁマスターはぶっつけ本番でも大丈夫かもだけどね」
 普通のスポーツの試合ではなく実戦形式の闘技である。災厄戦などの戦争も経験しているKなら、その場に適した魔物を事前対策無しでも選択出来るだろうなと考える事は出来るのだが…。
「じゃあ僕が見てくるよ。必要ないかもだけど」
「はーい、いってらーもぐもぐー」
 やや自虐気味のリオに、食べ寝転がり状態のルリカが手を振って見送る。
「ルリカ…ここに来てから食べまくってるけど、大丈夫なの?」
「ええ、お腹は至って元気ですー。いくらでも食べられますー」
「いや、お腹まわり…の事なんだけどね」
「何言ってるんですかー、私のわがままボディは健在ですよーもぐもぐも〜」
「多分だけど、お腹まわり=身長に見えるんだけどねぇ」
 ルリカの身長は139cmである。…という事は…。
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ〜。転がる円周139cmの球体。
「ハッッッ い…いつの間に!?」
「じゃあ、いってきま〜す」
「あ、リオさん!待って…。ぎゃん!」
 立ち上がろうとするも重心が不安定になっているわがままボディ状態のルリカは、すぐさま転倒すると壁まで一直線に転がっていった。

[削除|編集|コピー]
[35]召喚術士K


㉟麗人クレリア

「まったくルリカは…」
 中央広場への道を歩きながら、リオは転がるルリカを思い出して思わず呟いた。
「それにしても…ほぼ同じ量を食べているのに、リリーさんはいつも通りなんだよねぇ」
 ルリカと食べまくり友のリリーは、ルリカと同等の食事量にも関わらず体型は維持され可憐さが揺るがない。もしかしたらリリーはカロリーをエナジーに完全変換出来るのかもしれないとリオは考えた。

「よぉお姉ちゃん、一人かい?」
「俺らと遊ばないか?美味しいクレープのお店知ってるんだ」
 ゴロつきAとゴロつきBが現れた!
「…また?もう…」
 リオはゴロつき達をジト目でみた
「なぁ〜」「良いだろう〜?」
 ゴロつき達はリオを誘った!
 しかしリオには効かなかった
「あ…」「うわ…」
 ゴロつき達は逃げ出した!
 リオは経験値0と0ゴールドを手に入れた

「あれ?なんで?」
 ゴロつき達は後ろ歩きで遠ざかっていく。こちらをポーっと見ながら。
「君、少し良いだろうか」
 リオの背後から澄んだ声がした。振り返ったリオはゴロつき達の逃走理由を理解した。
「え…あ…はい」
 これしか話せなかった。目の前に立つ黒髪の麗人はニコッと笑うと、リオの目線まで姿勢を落として話を続けた。
「私は中央広場まで行きたいのだが、恥ずかしながら道に迷ってしまってな。道を教えてくれないか?」
「え…あの…僕も中央広場まで…行くです。一緒に…行きますか?」
「そうか!それは助かる」
 麗人の満面の笑みにリオは思わず赤面する。
(この人…人間だよね?なんでサキュバスである僕が…)
 リオが考える通り、これは異常事態だった。どんな美人であったとしても、種族的に人間はサキュバスの魅力には敵わない。なのに目の前の女性は…。
「あの…どちらからいらっしゃったんですか?」
「私か?私は東の方から来た。家が古くからの銀竜公の縁者でな。今回はそれが縁でこちらに参ったのだ。今居住しているのは東門の外の銀竜公の駐屯地でな」
 感じの良い話し方。綺麗なのに凜とした佇まい、そして颯爽と歩く姿は見る者を魅了する。その気高き姿は神々しくもあり、並の男など近づけないだろう。
(なるほど…こりゃあ逃げるよね)
 振り返るとゴロつき達が数人、こちらを物陰に隠れながら見つめている。その距離10m程、麗人のオーラに気圧されて恐らくそれ以上は近づけないのだ。
「あ、あそこです。中央広場」
「おお」
 麗人の魅力的なオーラに慣れてきたリオは、無事にミッションをクリアした。
「あ、その…良かったらお名前を。僕はリオと言います」
「ああ、すまなかった。名乗らずにお願いだけしてしまって。私はクレリアという」
 麗人クレリアはリオに非礼を詫びると、リオの目を見つめて尋ねた。
「君は綺麗な瞳をしているな。サキュバスのようだが、とても清楚で可愛らしい」
「えっ 清楚で…可愛らしいって?ぼ…僕が」
 クレリアの美顔がリオの目の前にある。そして紡がれる甘い賛辞の言葉にリオは再び頬を赤らめた。
「そして君は、召喚術士K殿と契約をしているね?」
「!?」
 リオは一瞬で間合いを取り、Kから貰ったエルダー・ゲイザリオンを構える。
「クレリアさん、貴女はいったい…」
「フフフ…あはははははっ」
 真剣な眼差しのリオに対して、大爆笑のクレリア。
「え?」キョトン顔のリオ。
「いや…ハハハ…すまない。君の反応が、とても素直で可愛らしかったものだから」
「ええっと…」
「この大会で色んな魔物や魔族も来ているようだが、サキュバス族にして清楚なイメージの君を見てピンと来たんだ。きっとK殿所縁の子なのだろうとね」
 広場に吹く風がクレリアの黒髪をなびかせる。笑う様子や詫びる感じにもクレリアの人柄がにじみ出ているようだった。
「マスターの事、知ってるんです?」
「ああ、災厄戦で共に戦った。とても素晴らしい人だ」
 マスターの戦友、よくSALONに来る破戒僧ムーアや閉鎖した魔界とのゲートの警備する魔法戦士エリスと同じような災厄戦で絆を深めた仲間、彼女もその一人だった?
「じゃあマスターが所属していたっていうギルド軍にいたんです?」
「いや、私は…」
 クレリアが災厄戦でのKとの出会いの経緯を話そうとした時だった。

[削除|編集|コピー]
[36]召喚術士K


㊱クレリアと東の双龍姫

「あー、やっぱりいた!思った通りね!ファユ?」
「ええ、本当に来るなんて!思った通りよ。イリィ?」
 元気な声達がクレリアを中心とした半径10mの無人圏内に入ってきた。
(あ、そっくりな顔…。双子なのかな?)
 リオではなくクレリアに向かってスタスタとかなりの速度で迫ってくる二つの愛らしい顔立ちの女の子達。それを見るや、クレリアも動いた。
ガバッ! 一気に間合いを詰めた達人級のハグ。
「やあ、イリィにファユ。久しぶりだね!元気にしてたかい?」
「なっ なななっ 何よ!いきなり抱きつくなんて!」
「そそそそ そうよっ いきなり抱きつくなんてマナー違反だわ!」
 抱きしめられている双子風の女の子、イリィとファユはアタフタとしながら、赤面し声をあげる。
「こらこら、ちゃんと挨拶をしないといけないだろう?お前達は」
 イリィとファユが突破してきた人垣から、紫色の魔法衣を纏った落ち着いた雰囲気の男が入ってきて、ワーワーと声を上げる娘二人を叱った。
「やあ、カロンじゃないか。なるほど、東は君を参加させたんだね。納得の人選だ」
「お久しぶりです。クレリア姫。イリィとファユは未だに子供でいけません。失礼をお詫びします」
 カロンと呼ばれた紳士が頭を下げると、未だクレリアのハグから脱せないでいるイリィとファユは首を振りながら反論する。
「違うー、私達子供じゃないもん!クレリアがいきなり抱きついてきたんだー」
「そうー、抱きついて来なければ私達はちゃんとご挨拶できたもん!」
「そうか、ではちゃんとご挨拶しなさい」
 カロンがそういうとクレリアが二人をハグから解放する。
「「むーー」」
 ふてくされ気味の二人は、それでもカロンの言う事を聞いて挨拶をした。
「「ご機嫌よう。クレリア姫」」
(わー、可愛い…)二人は全く同じ動きで、スカートのちょいと持ち上げて、そして可憐にお辞儀をする。その仕草にリオはキュンとして見惚れてしまった。
「うん、ご機嫌よう。ファユ姫、イリィ姫」
(うわぁ…)
 クレリアが優雅に頭を垂れる、ただそれだけの仕草にリオは暫し時を忘れた。

「では、挨拶もすんだし…」「そろそろ本題」
 ファユとイリィは、トコトコとクレリアに近づくと、キッと鋭い視線を向けた。
「ねぇ、クレリアはKにもう会ったの?」
「正直に答えた方が良いと思うよ?」
「え、マスターに?」
 クレリアに発せられた問いかけに、Kの名前が出た事に驚いたリオが思わず溢してしまった。もちろんファユとイリィが聞き逃すはずがない。
「ねぇ、貴女。Kの事をマスターって、いったい誰なの?」
「ねぇ、正直に言わないと、私達あなたに何をするかわからないよ?」
 ぐるんと首を向けてリオを睨む二人。いや眼光だけでなく強力な威圧感がリオを襲う。
「え、ぼ…僕は、マスターに召喚されて契約している者です…はい」
「ふーん」「契約…ね」
 睨みながらリオの周りをグルグルと回る二人。
(えーん、可愛いのにぃ、すっごく怖いよー)何の罰ゲームかとリオは思った。Kのために試合の組み合わせを見に来ただけなのに…。
「まぁ…いいわ。私達の方が可愛いから」
「えぇ…そうね。私達の方が強いしね」
 可愛いし強い、それが全く嫌みに聞こえない。でも悔しい!
「そ…そりゃあ君達は可愛いし強いかもしれないけど、僕だって!」
 リオがファユとイリィに抗議をすると、カロンがグイッグイッと二人を背後から抱きしめた。
「どうやらこの人はK殿の大切な方らしい。何しろ試合の組み合わせを確認に来ているのだからね。良いのかな?君達の事はきっと報告されると思うけど。こんな失礼な事を言ったと知られても、良いのかなぁ〜」
「「うっ!?」」
 カロンの囁きでみるみると青ざめていく二人。
(こういうわかりやすい反応は可愛いんだけどなぁ)リオは思わず苦笑する。
「ご ごめんなさい。貴女も可愛いわ」
「ごめんなさい。きっとお強いのでしょうね」
 可憐に謝罪をする二人を見ると、先程の無礼も許したくなる。
「K殿の使役…いやご友人ですかな?私はカロンと言います。今大会に東の大国の代表として参った者です」
「リオと言います。その…よろしくお願いします」
 ちゃんと謝る事が出来たイリィとファユの頭を撫でてから、カロンは深々と頭を下げてリオに謝罪をした。

[削除|編集|コピー]
[37]召喚術士K


㊲ミュオンと一緒に組み合わせをみよう

『はーい、皆さん!こんにちはーーー』
 本大会実況担当のトクファ・ズィームの声が中央広場に轟いた。
『これから召喚術士技量競技大会・本戦の組み合わせを発表致しまーーす。発表は魔晶スクリーンにも投影されますので、そちらもご活用下さいませーーー』
「あ!間に合いましたよ。リュネイ様!それにここ空いてます!…あれ?リュネイ様?リュネイ様ぁーーー!?』
 可愛らしい毛玉がクレリアの絶対制空圏(並の男が近づけないオーラが漂う領域の事)に入り込んできた。途端、パニックになって泣き出す。
「え、あの…君。大丈夫?」
 リオはカロンにその場を離れる事を告げると、駆け付けて様子見てみる。毛玉は目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「もしかして…迷子?」
「リュネイ様と一緒に試合の組み合わせを見に来たんですが、リュネイ様が迷子になりまっした…」
(うん、そういう事にしておこう)
 リオは微笑むと毛玉に迷子になった状況を聞く事にした。組み合わせ発表が始まるがスクリーンに映るなら、この子の迷子のご主人様を探してあげてからでも良いだろう。
『えー、組み合わせはこの抽選ボールとルーレットを用いましてー。判定委員会の厳重な監視の元で行われますー』
 スクリーンにルーレットが映し出される。よく見ると第一試合から第六試合までがそれぞれ二つずつ枠に書かれていて、枠の総数は十二だ。どうやら出場召喚術士の名前がボールに書いてあり、それが入った枠で試合の順番がきまる仕組みらしい。
「ええっと… リュネイ様はリンゴ飴を買って下さるまではいました!それで…」
(うーん、辿り着くかなぁ…リュネイ様とやらに…)
 苦笑しながら毛玉の話を聞くリオ。
『では判定委員会の委員長を務めるガゾムさんにボールを投げて頂きましょうー。ガゾムさんは皆さんご存じのように聖王国パルナの宰相を務めておられますー』
「え!あの人ってパルナの宰相だったの!?」
 抽選ボールを手にしているのは、予選会でKに不正疑惑を突きつけた男だった。意外と国政に疎かったリオだったが、王都に住んでいたとしても顔を見る機会は少ない王宮付の政治家であるから顔を知らないのは仕方ないかもしれない。
『ではルーレットスタートォーー』
 トクファの合図に併せてルーレットが回転を始める。
『ではガゾムさん!ボールを入れて下さーーーい!』
『うむ!どりゃあー』
(あ、ノリノリだ)先日の険しい顔はどこへやら、満面の笑みを浮かべてボールを放るガゾム宰相。
『さぁー、ボールが枠に入っていきますよー!どれどれーー?』
 ルーレットを確認するトクファの動きにあわせて、スクリーンに投影するための撮影ゴーレムもこれに構図をあわせていく。
『さぁ!決まりましたよーー』
 広場に集まった者全ての目が魔晶スクリーンに注がれた。

☆召喚術士技量競技大会・本戦(第一回戦)
★第一試合   ガイ  VS リュネイ
(召喚術士G) (リフォール王国)
 ★第二試合   K   VS ゾルゲイ
       (予選1位)  (北の大国)
 ★第三試合  カロン  VS  リウト 
(東の大国) (パルナ)
 ★第四試合 ジャスティ VS   マイト
      (召喚術士J) (予選2位)
 ★第五試合  ブッコ  VS クィーンクィーン
       (黒の大陸) (召喚術士Q)
 ★第六試合 L・D・ロロス VS   ゼル
      (魔術師ギルド長) (召喚術士Z)

「あー、リュネイ様は…。……あのぅ…読んで頂けませんか?」
 どうやら毛玉は文字に疎いらしかった。
「え?君のご主人様も参加者だったの?そ…そっか」
 この毛玉のご主人様が?と一瞬疑ったが、スクリーンを見るとリュネイの名が映し出されている。
(リュネイってリフォール王国の代表なのか…)
「ええっとね、リュネイ様は第一試合だね。相手はガイ…魔術師ギルドの人らしいよ」
「第一試合!ガイ!覚えました!」
「あはは、良かったね」
 リュネイというのは今回の大会が不穏なものとなった原因かもと言われているリフォールの代表だ。でも…
「リュネイ様は優勝します!そしてリフォールの橋になるのです!」
「橋?うーん、なにかの橋渡し的な感じかなぁ?」
「違った!星です!」
「ああ、星ね。それならわかるや」
 朗らかなトークが続く。この毛玉の主人がそんな陰謀を企むものだろうか?そんな事を考えながらもリオは組み合わせをメモるのを忘れなかった。

[削除|編集|コピー]
[38]召喚術士K


㊳負けられない戦い

「ふーん。私達は第三試合ね。ね、ファユ?」
「ええ。相手はパルナの聖王騎ね。ね、イリィ?」
「ああ、そうだ。いきなり難敵だな」
「あら、強いの?」「私達より?」自信に溢れる二人がカロンに問う。
「ああ、災厄戦で魔王を倒す事に多大な貢献をした者が与えられた称号だ。K殿もそうだと言えば手強さがわかるかね?」
「Kと同じ!? これは手強いわ。ね、ファユ」
「信じられないけど、そうだとしたら難敵ね。ね、イリィ」
 カロンの言葉に二人の表情が変わった。勝利への決意を胸に再びクレリアの前に立つ。
「私達の強さを見ておくと良いわ。クレリア姫」
「私達の成長を見ておく事ね。クレリア姫」
 二人はそう宣言すると踵を返した。
「ああ、楽しみだ。君達の成長を見る事は。ご武運を」
 クレリアの激励にカロンは礼を言い、ファユとイリィを連れて居住区へと帰っていった。

「あ、ミュオン!こんなところにいたのか!探したぞ!」
「あ!リュネイ様!」
 奇跡的にリュネイは従者として連れてきた毛玉=ニャボルトのミュオンを見つけた。
「迷子のリュネイ様が見つかりました!お姉さん!ありがとうございました!」
「ハハハ。良かったね」
 可愛い毛玉=ミュオンの話がウツロイシティの食べ物全ての説明になってきたところだったので、リュネイが見つかって本当に良かったとリオは思った。
「おや、ミュオン。この人は?」
「一緒にリュネイ様を探してくれたお姉さんです!」
 リュネイはミュオンの言葉を一切否定せず、リオに頭を下げると礼を言った。
「ありがとう。ミュオンと一緒に僕を探してくれんですね」
「あ!リュネイ様!リュネイ様は第一ガイです!」
「ああ、第一試合で対戦相手がガイって人らしいですよ…って、スクリーンを見れば分かりますね」
 苦笑しながらリオが補足をしてあげると、ミュオンは頭をかいて「もっと勉強します」と恥じらった。その仕草もたまらなく可愛らしい。
「ええっと、もし良かったらお礼にお食事でも如何ですか?」
「え?ぼぼ僕とですか?」
「ええ、可愛いお嬢さん。ミュオンの恩人は僕の恩人ですから」
 ニコッと笑うリュネイ、何故か白い歯がキラリと光る。
「いや…止めときます。僕は関係者なんで」
「ええ、知ってます。召喚術士Kさんの関係者ですよね?」
「!?」クレリアの時と違い、今度は飛び退かずに冷静にリオは対応出来た。
「なんで…って、リフォールは情報も一流だったかなって」
「ハハハ。そうですね。リフォールというより、僕が…ですけど」
(な?なにこの人)
 リュネイの言葉にたじろいでしまったリオは、感じた違和感を確かめようと思った。
「なるほど、一流の国の一流の召喚術士さんなんですね?僕のマスターとどっちが凄いかなぁ?」
「答えるまでもないでしょう?」
カッチーーン− リュネイの回答はリオの想定を軽く越えて来た。
(普通少しは遠慮しない?いや大会で当たる可能性があるからだとしても、もうちょっと言い方あるよね?何この人??自信家なんてもんじゃないじゃん!!)

 この時リオはこの後の三つのパターンを思いついていた。
 一つ目はこの場でぶっ飛ばす!…これは捕まるから却下した。
 二つ目はガチ説教をしてから帰る。…これは普通すぎるか…。というより、通用するのだろうか。
 三つ目はシレッと食事に付き合い、色々と情報を聞き出す事!そう色仕掛けである。
(今日はクレリアさんや東の可愛い女の子を見てうっかりしてたけど、僕ってサキュバスじゃん!こんなナルシストなんてイチコロで堕としてやる!!)
 そしてリオは三つ目の案をとり、リュネイとミュオンと食事に出かける事にした。本当なら謎多き麗人クレリアと話をしたかったのだが、リュネイの情報はKに役立つはずだ。
「そうか、ではK殿に宜しく伝えてくれ」
 麗人クレリアは和やかにリオに別れを告げると、手を振って見送ってくれた。
(クレリアさんのようなオーラは出てないかもだけど…必ず勝つ!)
 既に臨戦態勢のリオ。いやなんか趣旨が違うような…。
 決して負けられない戦いがここにもあったようなのである。

[削除|編集|コピー]
[39]召喚術士K


㊴北の猛者

北の大国居住区−
「ふはははは!そうか!一回戦でKと当たるのか!」
 大型の魔物を収容できる広さと強度を持つ部屋の壁と床が何故かボコボコになっている。そんな一室でゾルゲイから本戦の対戦相手を聞いたサイアは豪快に笑った。
「楽しそうだな。俺は胃が痛いぞ?」
 サイアを恨めしそうに窘めるのは北の大国の代表術士であるゾルゲイだ。
「いやいや、勝ち進めばいずれ当たる相手だぞ?この前久々に会ったが、なにも変わっておらん。それに予選の映像と来たら…」
 あっはははは!更に豪快に、いや本当に可笑しいといった感じでサイアは壁や床をドウゥゥゥンドッゥオゥゥンと叩く。…これが原因か、壁と床のボコボコ。
「触手生物を10kmサイズまで成長させて、その中を溶けながら進んでゴールだぞ?お前、そんな事思いつくか?ククク…ははははははっ」
「いや、思いつくか以前にだな。普通はそこまで成長させられないし、溶けるさ」
 そう。インフィニット君は確かに無限増殖するし、溶解液をプロテクションで弾くのは正しい。だが増殖にはそれ相応の魔素が必要であり、プロテクションは完全に溶解液を弾けない。何しろプロテクション中も呼吸は出来るのである。という事は消化液が染みこむ隙もあるわけで。Kは10kmの移動中に骨さえ残らずに溶けてしまうところを無傷でゴールした上で、捕食する形で保護した他の予選参加者もほぼほぼ無傷でゴールまで導いて見せたのだ。
「笑いすぎだ。サイアよ。お前は祖国の代表たる責任の重さがわかっていないのではないか?」
 部屋にはあと四人いた。そのうちの一人、ゾルゲイが着ている軍の制服、それも戦士仕様のものをビシッと着こなしている男は一見すると魔族に見えた。
「すまない。ニトゥープ。だが俺とて祖国の代表である自覚はあるぞ?」
「なら良い。お前は強い。だが戦いを楽しむ嫌いがある。災厄戦を思い出せ。たった一度の油断が何人の同胞の命を奪ったと思う。俺達は祖国のために立ったのであれば必ず勝たねばならんのだ」
 静かに、しかし力強く話すニトゥープは北の大国に古くから住む魔族であるが、巨人兵のような由緒正しき種族ではない。しかし祖国への愛は並々ならぬものがあり、災厄戦での苦戦の記憶は気を引き締めるには十分すぎる理由であった。
「ああ、必ず勝つさ。そのために研鑽を続けてエンテ・セルピになったのだ。だが分かっても欲しいのだ。力を認めた相手との戦いは、その身に更なる成長を与えてくれる事をな。お前との関係がそうであるようにな」
 古の巨人兵サイアが種族外で認める男は数少ない。北の大国において、その一人はゾルゲイであり、そしてもう一人がニトゥープである。
 我が身を滅ぼしかねないくらい激しく研鑽を積み、災厄戦でも活躍をしたニトゥープとは模擬戦を通して切磋琢磨した関係なのだ。
「…わかった。しかし、召喚術士Kは難敵だ。一戦一戦を大切に勝たねばならん。幸い選出メンバーは災厄戦の経験者ばかりであるし、皆愛国者でもある」
 ニトゥープは立ち上がり、本戦の対戦相手を聞きに来ていた戦友達に話しかけた。
「グレイス、ジェヴァシ、ユバ。覚悟は出来ているか?」
「フフフ。相変わらずニトゥープは生真面目さんね。貴方以上の愛国者はいないんじゃないかしら。勿論覚悟なら生まれた時から出来てるわよ?」
 真っ先に答えた女が着ている服は、ニトゥープと同じ軍の制服であるが生地は赤一色で所々に白のアクセントがある。緑髪の合間に見える角は鬼族のものだ。
 氷鬼族− 北の大国内でも山脈に囲まれた厳しい地形でもノリノリで活動出来るオーガーの亜種であるが、その見た目は角と金色の瞳を除くと人と変わりが無い。しかし…。
パキン!
「あら、もう壊れちゃった…」
 ごろんと机に置いたのは拳大の鉄鉱石のなれの果て。バラバラになったそれの幾つかには彼女の手形がついている。
「ははは。相変わらずの怪力ですな。グレイス嬢は。しかしこの地の気候は我が眷属に合わぬ」
 軍の制服に黒色のマントを纏うは色白の少年。しかし発せられている声は老人のそれだった。そして、ふぉっふぉっと笑う彼の周りを氷で出来た鳥がクルクルと廻っている。
「だが地形適応力を付けるには、もって来いかもしれん。この度の戦いで我が一族は文字通りに飛躍してみせるぞ。勿論召喚術士Kの使役魔物を血祭りにあげてな」
 ジェヴァシは氷魔族と呼ばれる北の大陸にのみ生息している珍しい一族である。見た目も肉体年齢も寿命の直前まで子供のままという氷魔族は、氷に仮初めの命を与える事が出来る。
「先陣は俺に任せて貰いたい。大事な緒戦の一番手、これは譲れん」  
 身を乗り出して先陣を渇望したのはユバという蛇竜族の戦士である。凍結海に住む蛇型の竜族と幻と言われている巨竜族を祖先に持つと言われるその一族は、恐らくは北の大国に住む全ての種族の中で一番寒さに強く、そして柔軟な地形適性を持つ。その代わりに国外への興味は薄く、ユバのように人間族の軍部に属したり災厄戦などの戦いに参加するのは希有なケースだった。

[削除|編集|コピー]
[40]召喚術士K


㊵ゾルゲイの決断

「どうだ?ゾルゲイ隊長。我らの覚悟を聞いても胃の痛みは変わらんか?」
「ははは。これでは誰が隊長かわからんな」
 ニトゥープ達の前に立ったゾルゲイは感謝を敬礼で表すと、本戦へ向けての話を始めた。
「さて諸君。今大会でいきなり難敵に当たったわけだが、サイアが言うようにいずれは巡り会う定めだっただろう。我らとしては祖国のために結果を出すだけである」
 どれどれと、サイアも立ち上がりゾルゲイと並んだ。今のサイアは人間族の施設に入るため、ほぼ人間大のサイズに体を縮めている。それでもちょっと燥げば床や壁はボコボコになるのだが。
「主催の方からは、試合内容の希望を打診されている。団体戦の星取りか勝ち抜きかだ。細かい要望があれば対戦者が受ければOKという事だが、何しろ相手が召喚術士Kだ。下手な策は打たずに正攻法でいこうと思うが、諸君の意見も聞きたい」
「俺としてはニトゥープの意見を聞きたいな。お前は俺と違って戦略にも長けるからな」
 ゾルゲイの説明を聞き、真っ先にニトゥープに話題を振ったのはサイアである。サイアからしたら、Kと対戦出来るだけで満足であるが、国の代表として来たからにはゾルゲイが言うように結果を出さなくてはならない。そのための作戦となった場合、立案はゾルゲイを除けば中隊の指揮権を認められているニトゥープが適任と考えたのだ。
「そうだな。次戦を気にしながら、そして外国の諜報を気にしながら勝てるほど生易しい相手ではない。ゾルゲイが言うような正攻法、勝ち抜きよりは星取りが良いだろう。一人一殺、検討すべきはオーダー内容…出撃順だな」
「なるほど。皆が星取りの選択で異論が無ければ、俺の考えたオーダー順を聞いて欲しい」
 ゾルゲイは契約をしているチームメンバーの実力を熟知している。それを対戦相手に併せてオーダーするわけだが、今回は相手がKなのが災いしていた。何しろ災厄戦で倒した魔物達と悉く契約を結び、その後も交流を続けているというKがどんな魔物をエントリーしてくるのか。
(災厄戦時にKの初期メンバーだった七体のガーゴイル、そしてそれに潜んでいた規格外のグレーターデーモンやライオンヘッド。それらが加わる可能性もあるわけか…)
 予選会後の混乱の中で再会したKはセコムンを連れていた。彼が参加して喜ぶのはサイアくらいだろう。参加するとして何戦目にエントリーするのか?
 そして更にゾルゲイを悩ませたのが星取り選択時の追加ルールだった。
(星の数を取り合うとはな。主催者はゲームかなにかと勘違いしているのではないか?)
 各参加者には総数15の星が渡され、それを各オーダーに振り分けるのだ。
 デフォルトは先鋒1次鋒2中堅3副将4大将5とされ、この数値を最低数を1として自由に変えられるのである。そして手持ちの星の数が総数30の半分以上を取った方が勝者となる。
「恐らくKはデフォルトのままでくると考える。我々もそれで受ければ良い。もしグレーターデーモンが出るとして、この設定数であるならば副将か大将だろう」
 ゾルゲイは全星を先鋒にかけるなどの奇策は避けた。その上で総力戦をしかける事を決めたのである。
「では発表しよう」
 北の大国の選抜者達は、全てが軍と関わり訓練をしている。その中心にいるのが契約術で彼らの存在を明確化しているゾルゲイだ。災厄戦においても中心となってアウェイの魔界で生き残れたのはゾルゲイの機転や判断によるものが多く、選抜者は厳格なニトゥープも含めて信頼を寄せていた。
「面白いな。俺に意義はない」
 発表されたオーダーを聞いて、まずサイアが喝采した。ニトゥープやその他の選抜者も手を上げて賛成の意を表した。
 恐らくは本大会で一番の実戦部隊がKとの戦いに気持ちを一つにして挑もうとしていた。偉大なる祖国のために。

[削除|編集|コピー]

前n|更新|次n
書く|||n|emoji[search]|古順
タグ一覧

掲示板TOPへ戻る

書き込み削除
スレッド管理

ネ申 アイドル掲示板
掲示板カテゴリ検索
写メ/待ち受け 動画/ムービー
音楽/エンタメ 雑談/その他
趣味/スポーツ

無料レンタル動画まとめe-Movie
無料レンタルBBSebbs.jp